2005年(平成17年)11月10日号

No.305

銀座一丁目新聞

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茶説

民主主義は理想を潰すことか

牧念人 悠々

 民主主義とは何か。理想と現実、町村合併は何をもたらしたか。そんな多くの疑問を抱かせるドキュメンタリー映画「あの鷹巣町のその後」(羽田澄子監督・自由工房制作)を見た(10月25日・東京ウイメンズプラザ・11月14日京橋・映画学校試写室)。秋田県鷹巣町は人口2万1千の町で今から14年前に誕生した若い岩川徹町長がデンマークの福祉を学び、住民グループの意見を聞きながら3期12年の間に日本一の老人のためのケアシテムを作り上げた。日本自治体としては初めての「24時間ホームヘルプサービス」の実施、公社運営の全個室・ユニットの在宅複合施設「ケアタウンたかのす」をオープン、介護老人の人権を尊重した「高齢者安心条例」の制定(2002年)など福祉行政は群をぬいていた。全国から年間3000人から4000人の視察者が訪れる有様であった。羽田監督はこの鷹巣町で「住民が選択した町の福祉」と「問題はこれからです」の2本の映画を製作、鷹巣町の福祉を広く紹介した。
 ところが2003年4月の統一地方選擧で4期目をめざす岩川町長(54歳)が町村合併を掲げた元病院長で医学博士の肩書きを持つ岸部陞候補(66歳)に敗れた。それも岩川候補6174票に対して岸部候補9294票と3120票の大差であった。「この町に何が起きたのか」「何故こんなことになったのか」を追及したのがこの映画である。住民が理想の福祉を選択し努力していたのにどうしてという思いは羽田さんならずとも抱く率直な感想である。関係者はいう。福祉に金がかかりすぎる。とくにケアタウンの公社への補助金が多額である。道路、下水道、学校の整備などが疎かになった。ワーキンググループへの町長の偏重などをあげる。町の財政で民生費の割合は32パーセントで他の町村とくらべると2パーセント多いぐらいである。映画を見て感じるのは、岩川派は自分たちは良いことをしているから町民に説明する必要はないと多くを語らなかったのに岸部派はこまめに講演会を開き、岩川町政を批判し、マンガまで制作して宣伝した選挙作戦の巧拙があったような気がする。大型店舗の導入の話も影響しているのかもしれない。さらに疑問に思うのは岸部さんの話は講演会のシーンだけである。何故直接カメラの前で自分の政治信条や福祉の考えかを吐露しなかったのか。意識的に避けたように感じる。今年の3月22日、鷹巣町、森吉町、阿仁町、合川町の4町が合併して北秋田市が誕生した。面積は東京23区の2倍、人口41,354人。選挙の結果、市長は岸部さんがなった。ケアタウンを運営する公社は補助金を止められて自分たちで自立を目ざすことになった。日本に一つしかなかった「高齢者安心者条例」も廃止になった。多数決でことを決する民主主義は一面こういう顔を持つ。トップが替われば立派な福祉も弊履の如く捨てられる。理想も金の前に脆くもついえてしまう。だが住民がともした福祉の火はその思いは細々ながら消えることはないであろうと信ずる。

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