”日本”が詰まっている無声映画
映画「タイタニック」の、あの度肝を抜く迫力あるシーンは最新のCG技術によるもので、映画の制作に新しい可能性と楽しみを与えた。それはそれとして、同じ映画でも「無声映画」っていうのには“日本”がいっぱい詰まっていて、こちらもなかなかに面白い。
4月22日、東京・江東区門前仲町の門仲天井ホールの「第477回無声映画鑑賞会」に出かけた。この道25年の女性弁士・澤登翠(さわと・みどり)さんの“七色の声”の語り、誠にお見事で、映画を久しぶりに“聴き”、また“日本”をしみじみ堪能した。
少々訳知りふうに解説するが ―― 活動写真と言われた昔の映画は音声がなく、スクリーンのそばの“弁士”と言われる語り手が、映像を見ながら場面の説明をし、セリフを付けて観客を楽しませた ――それが 「無声映画」である。
この日の出し物は、昭和8年松竹蒲田作品で、後に名監督と言われた小津安二郎演出の「出来ごころ」。裏長屋で息子と暮らす男やもめの喜八、人助けと飯屋に預けた家出娘にいつしかホの字。ところが娘は喜八よりか、同僚の若い男前にホの字ときた。恋のさや当てあり、父性愛あり……いわゆる“小津もの”である。喜八役に坂本武、他に伏見信子、大日向傳、突貫小僧、おなじみ飯田蝶子、そして笠智衆もちらっと顔を見せている。
上映時間101分。テープ音楽を伴奏に弁士の澤登さん、一人何役を語りぬいた。喜八かと思えばある時は息子、家出娘、飯屋のおかみ……一人で次々に演じる。身振り手振りが自然に入り、顔つきまでらしくなって語る澤登さん。その表情を小さな照明がクッキリと映し出す。「作品は大体そらんじてますから、あまり台本は見ませんのよ」「セリフですか? もちろん、アドリブを時々。その時の世の中の動きとか季節とか、お客様の年齢層とかに合わせ、やはり言葉をちょこっと入れたり、変えたりしますの」
法政大学文学部哲学科卒。弁士生活25周年公演を、今年12月29日に新宿・紀伊国屋ホールで行う。米・仏・独を初め世界各国で公演。日本映画ペンクラブ賞、日本映画批評家大賞ゴールデン・グローリー賞などを受賞。筋金入りのこの話芸、とにかく聴かせる。
「無声映画」には、貧しくても心豊かな日本のイイ時代や、世界があるんですの。若い人や小っちゃな子にもぜひ見ていただきたいんです」と澤登さん。この日の、字が読めない父をかばう息子の場面や“向こう三軒両隣り”が借金の工面で助け合うシーンには、ついホロリとさせられた。無声映画には“日本”がいっぱい詰まっていた。(C・K)
次回の「第478回無声映画鑑賞会」は5月28日、東京・池袋の豊島区民センター文化ホールで、嵐寛寿郎主演「右門捕物帳六番手柄」(松田春翠の活弁トーキー版)と弁士・澤登翠による坂東妻三郎主演「牢獄の花嫁・前編」が行われる。前売り(電話予約)1500円。
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