安全地帯(90)
−信濃 太郎−
お登勢を見る
船山馨原作・ジェームス三木脚本・演出・前進座公演「お登勢」をみる(10月13日・吉祥寺前進座劇場)。阿波に伝わる木偶(デコ)の人形芝居で幕が開く。浄瑠璃の語りは駒之助師。
「かなわぬ恋と しりつつも 夜毎に濡れる 箱枕 娘十六 武家奉公 お登勢悲しや 片思い・・・」三味線の音は切ない。
お登勢(浜名実貴)は淡路島洲本、吟味役80石の徳島藩士、加納市左衛門(藤川矢之輔)の山出しの女中。いまでいうお手伝いさんである。襖を足で開けるが性格はいったって素直である。片思いの相手は津田貢(中村梅雀)。洲本では直参は白足袋をはけるが、城代家老稲田家の家臣は陪臣として差別されて浅葱足袋しか履けない。津田は浅葱足袋派で尊皇派であった。白足袋派は佐幕派である。
駒之助師の声が響く。
「あれよあれよと あらがいつ やがてとろけて なすがまま お登勢嬉しや 恥ずかしや おなごの川の渡り初め」
上洛し、池田屋騒動にまきこまれて新撰組に顔に無残な刀傷を負った貢はひそかに洲本に戻る。加納家の嫡男、睦太郎(嵐広也)ら左幕派が貢たちの殺害を企んでるのを知るとお登勢は貢に急を知らせる。貢の身を案じてお百度参りをしていることも告げる。ここで二人は結ばれる。浜名の素朴さと不器用な仕草がいい。加納家の息女、志津(今村文美)は始めの縁談を断り津田貢に嫁ぐといい、幕府がやがて倒れるという。賢い女性は先見性があり、身の処し方も早い。貢と志津は結婚式を挙げるも一緒に住まず、やがて離縁し、志津は岩倉具視とも親しい東久世卿側近佐伯織部(中村梅之助)の妻におさまる。
「かそけきいとを たぐり寄せ 闇路をたどる 頼りなさ 待つは奈落か北海道 涙も凍る 血も凍る」
時代は幕末から明治の御世になる。睦太郎ら白足袋の若手藩士が稲田家臣津田頼母らを襲い、殺傷、放火する。。居合わせた貢を逃がしたお登勢は睦太郎に切られる。首謀者10名切腹。世に言う「稲田騒動(庚午事変)」である。明治4年稲田邦植主従546人が北海道日高国静内に移住する。貢、お登勢の二人の姿もあった。
「恋のともしび 先立てて 難儀の海を 二人連れ お登勢負けるな くじけるな 遠く夜空に 星ひとつ」三味線の嫋嫋たる音は心に染みる。 |