1998年(平成10年)4月1日(旬刊)

No.35

銀座一丁目新聞

 

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映画紹介

「オスカー・ワイルド」

大竹 洋子

監  督 ブライアン・ギルバート
脚  本 ジュリアン・ミッチェル
撮  影 マーティン・フューラー
美  術 マリア・ジュルコヴィック
衣  裳 ニック・イード
音  楽 デビー・ワイズマン
配  給 エースピクチャーズ
出  演 スティーブン・フライ、ジュード・ロウ、
ヴァネッサ・レッドグレーブほか

1997年/イギリス映画/カラー/ドルビー/117分
1997年ヴェネチア国際映画祭正式出品作品
日本ワイルド協会推薦

 「ちゃんとした映画だったじゃない」と友人がいった。私も同じことを思っていた。「オスカー・ワイルド」は、予想に反して誠実なよい作品だった。予想に反してというのには訳がある。同性愛者として知られるオスカー・ワイルドについて描いた、エキセントリックでスキャンダラスな映画だと私が思ってしまったのは、予告編のせいである。ワイルドはふとめの大男で、とびきり美しい少年との愛に溺れている、そんなシーンばかりが、予告編には重ねられていた。

 一時期、ハリウッドやフランス映画に押されて、低迷状態をつづけていたイギリス映画がいま好調である。舞台でしっかりした演技を身につけた俳優たちが、実力を発揮できる場を得たことによって、見応えのある作品が次々に生まれている。

 文豪オスカー・ワイルドは1882年、アイルランドのダブリンに生まれ、1900年にパリで46歳の生涯を閉じた。この『幸福な王子』や『ドリアン・グレイの肖像』など、子どもの頃に胸をわくわくさせながら読みふけった書物の作者は、大らかな心の持主で、人にも自分にも忠実に正直に生き、その生き方ゆえに幸せではないが、しかし充実した人生を送ったことを、私は映画を通して知った。

 冒頭シーンは、いきなりアメリカ・コロラド州、主人公は馬を駆って現れる。違う映画を見にきてしまったかと一瞬たじろいだが、すでにアメリカでも有名になっているワイルドが、銀鉱の坑夫たちの慰問にきたことがやがて判る。若く逞しく、純粋な瞳の坑夫たちに接するワイルドの、暖かい人間像が浮かび上がる。たが、この時点で、ワイルドはまだ同性愛者ではなかった。

 ロンドンに戻ったワイルドは結婚し、二人の男の子が生まれる。ワイルドを同性愛の世界に誘ったのは、カナダ人の青年ロバート・ロスである。こうしてワイルドの潜在的な嗜好が頭をもたげ、彼のその後の人生を左右することになった。そして程なくめぐりあった美青年アルフレッド・ダグラスが、ワイルドの運命を決定的にする。ボジー(坊や)の愛称をもつダグラスは名門貴族の三男で、オックスフォードの大学生。わがままで贅沢で子供っぽく、すぐカッとなり自分を抑えることができないボジーにワイルドは振り回される。しかしワイルドは、何もかも承知の上でボジーを愛するのである。父クインズベリー侯爵に対するうっぷんをワイルドにぶつけているボジーを、ワイルドはよく理解していた。

 ワイルドの名声は絶頂期にあった。二人の自由気ままな日々の中で、ボジーが自分を破滅させるかもしれないとワイルドは思う。しかし結局はいつもボジーに押し切られ、ついにはボジーにけしかけられて、自分を男色家ときめつけたクインズベリー卿を、ワイルドは侮辱罪で訴えることになる。しかし、逆に裁判に負け、ワイルドは同性愛の罪で2年間の重労働刑を科せられた。同性愛が法律で禁止される時代であった。

 バック音楽のように常に背景に流れるのは、童話「わがままな大男」のナレーションである。妻や息子を愛しながら、滅多にその許を訪れることのなかったワイルドは、たまに戻った家の中で、緑の戸外で、幼い息子たちのためにお話をつくってきかせた。横暴な大男も、彼を改心させる小さな少年も、私にはどちらもワイルドその人に思われる。時は19世紀末、イギリスはヴィクトリア王朝時代が間もなく終わりを告げ、パリにもウィーンにも、世紀末のデカダンスが花を咲かせていた。その申し子のようなワイルドが、100年を経た20世紀の終わりに、より人間的魅力にあふれて甦ったのが、映画「オスカー・ワイルド」といえよう。

 監督ブライアン・ギルバートは1949年生まれ、オックスフォード大学で英文学を専攻した。詩人T・S・エリオットとその妻を描いた「愛しすぎて 詩人の妻」(94)がよく知られている。その演技が絶讃されたワイルド役のスティーブン・フライ、美貌と的確な演技力でボジーを演じたジュード・ロウ、息子の才能を信じる誇り高いワイルドの母親はヴァネッサ・レッドグレーブ、そのほかジェニファー・エイル、マイケル・シーン、ゾーイ・ワナメイカーなど、イギリス演劇界の名優たちがそろって出演、ワイルドに対する敬愛の念を表明している。

 ワイルドをボジーに奪われたあとも、生涯を通じてワイルドのよき友だったロバート・ロスは1918年に死去、遺言によってその遺灰はワイルドの墓の中に収められたという。そしてボジーは1945年まで生きた。

東京シネスイッチ銀座(03‐3561‐0707)、横浜・関内アカデミー(045-261-8913)で上映中

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