安全地帯(33)
−忘れ物が戻った−
−信濃 太郎−
ニュースの少ない年末から正月にかけての新聞紙面は少し精彩を欠く。それでも感動したニュースがなかったわけではない。
その記事は街におきた些細な出来事であった。
「さすが、日本!」の見出しのついた「女の気持ち」(1月1日毎日新聞)であった。高校の同期会に行く途中、電車の中に財布、カード類、折りたたみ傘をいれたショルダーバッグを忘れた。その
日あちこち電話したが出てこなかった。次の日東京駅からのハガキで駅に届けられているのがわかった。届け出た若い女性は「落とし物はなくなるのが当たり前という殺伐とした世の中だから、ちゃんと返って欲しかっただけです」と、お礼も固辞した。世界中を飛び回っている仲良しは「さすが日本ねぇ!」と驚いていたという。記事を寄せたのは横浜市に住む65歳の女性であった。記事にこそならないがこれに似たようないい話はたくさんあるのではないか。
朝刊14面に掲載されたこの記事はこの日のへそともいうべきものであった。些細な記事ほど神やどる。読者を感動させ、勇気付ける。
2年前の1月26日夜、JR新大久保駅で起きた事故を思い出す。酒によってホームから転落した男を助けようとして死んだ二人の男のことである。
自らの命をなげうって他人を救おうとしたその勇気に読者は感動した。その後、ホームからの転落者を助ける行為があいついだ。今の若者は無関心、無感動、無目標といわれるがとんでもない話である。表面だけを見、大きな声だけを聞いていては物事の判断を間違える。見えないものを見、聞こえないものに耳をすまさなければならない。
時には己を顧みず他人を救う。あたり間の事を当たり前のようにできる人である。このような人は日頃は目立たない。JR新大久保駅の事故のような事故は別だが、普通は新聞記事にもなりにくい。
識者の中には今の世相を憂いて日本の前途をあやぶむ。その危惧は最もだが、しっかり目を大きくあけ、耳をじっとすませば、世の中に義人達が黙々として働いているのがわかるであろう。日本も捨てたものではない。 |