判断大局着手小局といわれる。物事を判断する場合、大きな立場から物事を見てしっかりと捉え、事を処理するときは着実に小さいところから始めるのが良いと戒めた諺である。日朝首脳会談で大きく浮上した拉致事件は日朝正常化交渉の入り口の問題である。着手小局というわけにはいかない。たしかに北朝鮮の核、ミサイル開発と日本の安全問題、ひいてはアジアの平和への寄与といった大局判断を見失ってはいけないが、拉致事件は単なる人権問題ではなく、日本の主権侵害問題である。主権を侵害された場合、1、速やかなる原状回復、拉致事件では被害者を日本に戻す事。2、相手国の謝罪。3、原状回復が不可能の場合、慰謝料を請求する。の三つを相手国に要求して実現させるのが国際法のルールである。これは見逃せない問題である。
例え相手が「幼稚な暴力男のような国」(9月22日毎日新聞より)であっても正常化への第一歩としてこのルールを守ってもらわねばならない。総書記の謝罪は「驚きだった」という評価もあるが、当然のことをしたに過ぎない。これからの交渉であとの二つの実行を求めねばならない。
戦前ならば、交渉がまとまらなければ、戦争という事態になりかねない。軍隊を自衛隊と言い、有事立法もないこの国は「国際紛争を解決する手段として、国権の発動たる戦争と武力による威嚇または武力の行使を永久に放棄する」としている。歴代の政府が拉致事件に消極的であった事情を拉致家族の人たちも理解せねばならない。
ビジネスマンを装った北朝鮮の秘密警察と思われる人々が「日本は主権のないアメリカの属国だ。軍隊もなくてどうして国と言えるのか。アメリカと修交するのが先決だ」と言っているという(「ニューズウイーク」日本語版10月2日号より)。いくら日本は経済大国だ、国連の負担金を20lも出し世界に貢献していると言っても、北朝鮮がこのような見方をしていることを知るべきだ。
昭和48年(1973)8月、韓国の現大統領金大中(当時は野党の政治家で、海外で朴政権を批判していた)が宿泊先の東京・九段のホテル・グランドパレスから車と船で韓国に拉致された事件があった。韓国中央情報部の犯行であった。このとき、日本政府は主権侵害として韓国に厳重抗議したが、謝罪だけで政治決着がつけられた。
今回の拉致事件をあいまいに処理されてはこまる。主張すべきは主張しなければならない。国際法の原則に則って交渉が進めれるのを期待する。勝海舟は「外交の極意は正意誠意にあるのだ」と喝破している。拉致事件では北朝鮮にその正意誠意を見せてもらいたいものである。
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