2002年(平成14年)10月1日号

No.193

銀座一丁目新聞

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競馬徒然草(24)

−遊び心− 

 スポーツに怪我は付き物といっていい。その怪我も軽症で済めばいいが、選手生命に影響する重傷というケースも少なくない。相撲の横綱、貴乃花の場合なども、その一例といっていいだろう。膝の故障で1年4カ月も休場を余儀なくされた。これが例えば陸上競技の選手の場合なら、とっくに引退していただろう。膝の故障は、それほど選手生命を縮めるものである。相撲の横綱の場合、本人の一存で簡単に引退を決めるわけにはいかない。貴乃花の場合、復帰して土俵に花を飾りたいという、横綱としての強い責任感もあっただろう。周囲の雑音にも耐えた。横綱審議委員会委員の発言を雑音のひとつというのは不穏当かもしれない
が、あれにも悩まされただろう。本人はフランスまで行って、専門医の手術を受けた。横綱として土俵に復帰しようと、最善の努力をした。その結果、1年4カ月振りに秋場所の土俵に上がった。ファンは温かく迎え、国技館は満員になった。怪我からの立ち直りに不安を抱きながらも、声援を送ったのである。スポーツの世界でこれほどの例が他にあっただろうか。
 脚部の故障が多いことでは、競馬のサラブレッドが挙げられる。つい最近の事例では、今年のダービー馬タニノギムレットの故障。左前浅屈腱炎の発症だが、完治が極めて難しいいため現役からの引退となった。
 脚が細いサラブレッドは、全力疾走時には1本の脚に重い体重(平均500キロ近い)の衝撃がかかる。スピードがある馬ほど負担も大きくなり、炎症が起こりやすい。特に屈腱炎は致命的で、そのため引退に追い込まれた馬も少なくない。タニノギムレットの場合、秋の菊花賞をはじめ、数々の大レース出走への夢も叶わなくなった。まだ3歳である。参考までにタニノギムレットの競走成績を記してみると、8戦5勝(2着1回、3着2回、着外0)。敗れたケースも、レース中の不利などで末脚を存分に発揮できなかったもの。
 秋の菊花賞にも出走させたかった。恐らく鋭い末脚を発揮して、ダービーに続いて2冠を制しただろう。そんな期待を抱かせる馬だった。
 ついでに、屈腱炎になった過去のダービー馬を挙げてみる。サクラチヨノオー(88年)、ウィナーズサークル(89年)、アイネスフウジン〔90年〕、ウイニングチケット〔93年〕、ナリタブライアン(94年)、タヤスツヨシ(95年)。ダービー馬に限らなければ、屈腱炎になった馬は数多くいる。
 ところで、脚部の怪我が多いのは馬に限らず、人間もそうである。特に骨が弱くなっている人には骨折事故が多い。階段やちょっとした段差に躓いて転倒し、足を骨折した人の話はよく聞く。それにつけても、「足元に気をつけよ」といった昔の人の言葉が思い出される。脚が全体重を支えていることを、人はとかく忘れがちである。眼の位置から離れているせいか、足元はとかく無用心になりがちである。眼が足元にまで及ばないことが多い。「足元に用心」という昔の人の言葉は今も生きている。そのことは、人々の生活上の安全問題に限らない。ところで、国としての「足元」のほうはどうか。そんなことまで考えさせられるこの頃である。

(宇曾裕三)

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