2002年(平成14年)7月10日号

No.185

銀座一丁目新聞

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お耳を拝借(53)

-帰家性という本能

芹澤 かずこ

 

 妹の所のコウちゃんは自分が犬だとは思っていない。でも人間以外の他の動物で、自分が何物であるか認識しているのが果たしているであろうか。そういえば「吾輩は猫である」なんて豪語している輩がいるにはいたけれど……。コウちゃんは、朝5時ともなると寝ている妹を強引に起こして散歩をねだる。けれど外で一人にされるよりは家の中が好きで、特にこたつが大好きという、まるで猫みたいな犬である。猫みたいといえば、座る時も必ず誰かの膝にお尻を乗せるか寄りかかる。体が大きいので長く寄りかかられると足が痺れてしまう。
 コウちゃんにも苦手なものが一つある。1年7ヶ月になる妹の孫が遊びに来て我がもの顔で歩き回り、皆にチヤホヤされるとクウンクウンと鼻を鳴らして焼きもちを焼きながらも、遠くの方でおとなしくしている。
 ある日、このコウちゃんの姿が見えなくった。ちょうど新しい家に引越しをしてきたばかりの時で、妹が買い物に出た留守に自分でドアを開けて出てしまったのだ。季節ごとに移動する草原の動物や蟻やヤドカリならともかく、家で飼われている動物には引越しなどという認識だってないだろう。コウちゃんは妹に置いてきぼりにされたと思って後を追ったのだと思う。
 中型犬以上は1日5キロ以上移動することもあるというし、どの方向に向ったかも判らないので、近隣の3箇所の動物保護センターに写真と特長(名前・年齢・体重・毛色・首輪の有無)いなくなった日時や場所・状態・性格を登録した。見つかった場合には1週間は保護してくれるが、それを過ぎると引き取り手がいないと見なされて、保健所行きなどになってしまうとか。妹はその3箇所に毎日朝夕問い合わせを入れた。インターネットの掲示板にも写真入で掲載した。また以前の家の方にも連絡を依頼した。首輪をして鑑札もつけているので、すぐ見つかると思っていたのに、一向に連絡が入らないまま28日が過ぎた。
 以前の家の近所の人から、2、3日前からその辺りで茶色の犬がうろついているのを見かけたとの連絡をもらい、早速に出掛けて行った。首輪もなく、体も一回り小さいがよく似ている。「コウちゃん、コウちゃん」と名を呼ぶと飛んできて飛びつき、持って行った水やご飯をガツガツと食べたという。20キロくらいあった体重が12、3キロほどにやせていたらしい。 帰りはコウちゃんが辿ったと思われる道を2時間かけて歩いて連れ帰ったが、途中、飲食店がある地下街へ入ったり、川で水を飲んだり、それまでの生活が偲ばれたという。しばらくの間は片時もくっついて離れず、片付け物などをしていると心配げな様子だったとか。
 犬の方向感覚が優れていることは有名で、これは帰家性という本能がそうさせているらしいが、学問的にはまだ解明されていないという。匂いに敏感なのか、特殊なアンテナを持っているのか。この帰家性能力は、すべての犬が生まれつき持っているわけではないという。それゆえに迷子になってしまうケースの方が多い。北アメリカでは3000kmもの距離を歩いて戻った話や、ロシアに連れて行ってはぐれた犬が1年後にイタリアに戻った例もあるそうだ。本能とはいえ何とも不思議な話である。



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