2002年(平成14年)2月20日号

No.171

銀座一丁目新聞

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茶説

仕事と命はどちらが大事か

牧念人 悠々

 第56回毎日映画コンクール表彰式(2月7日・東京プリンスホテル)で一番感動したのは、男優主演賞の三橋達也さんの挨拶であった。
 三橋さんは壇上でぼそぼそと意外な話をした。「実は撮影に入る前、風邪をこじらせて入院した。撮影の期間が決まっているので、いつまでも病院にいるわけにゆかない。退院のため、医者の診断を求めたところ、肺炎がまだ治りきっていない。『このまま退院したら、死にますよ。あなたは、仕事をとりますか、命を取りますか』と聞かれた。私は『仕事をとります』といって、出演しました」
 筆者は胸をつかれた。たいした役者根性である。大正生まれで、敗戦時にはシベリアに抑留去れていただけに、三橋さんにしてみれば、当たり前かもしれない。
 ジャーナリストの筆者は当然、明日のスポニチの一面は映画コンクールでの三橋達也さんのこの言葉を見出しにして派手に作るであろうと想像した。ところが、2月8日のスポニチの一面はサッカーの中田英寿選手が自爆テロの絶えないテルアビブ遠征に踏み切ったというニュースであった。
 新聞作りの基本のひとつは「いかにに感動的な記事を多く紙面にのせるか」にある。これを怠ると、次第に読者が遠のいてしまう。若い記者は「仕事か、命か」と問われて、「命」と答えるのであろう。「生か死か」で感動する「サムライ記者」はいなくなったのか。
 三橋さんは銀座生まれの銀座育ちである。父親は木版技師で、新聞広告の版画の木版を作っていた。実は銀座は日本の新聞のメッカである。毎日新聞、朝日新聞、読売新聞など大きな新聞が明治時代に銀座で草創期を送っている。だから広告の版画の木版の製作所があってもおかしくない。朝日新聞は銀座滝山町(現在の六丁目並木通り)にあった。その新聞社の校正係りの石川啄木は「春の雪 銀座の裏の三階の煉瓦造に やはらかに降る」「よごれたる煉瓦の壁に 降りて融け降りては融くる 春の雪」と歌っている。ところで、銀座っ子は食い終わると、さっと立つ。「早メシ早グソは男の一芸」なのである。ダンディな三橋さんから想像も出来ない。だから、表彰式での感想が際立つのである。

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