1998年(平成10年)9月20日(旬刊)

No.52

銀座一丁目新聞

 

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茶説

お客さまの視点で考える

牧念人 悠々

 平凡な事柄を実行するのは難かしい。ホンダ社長、吉野浩行さんが「常にお客さまの視点で考える企業は元気ですよ」といっている。(月刊「文藝春秋」9月号より)筆者がスポニチの社長に就任した際、スポニチを”綜合大衆紙”にしたいといった。大衆紙とは庶民の目線からモノを見、庶民の感覚で判断する新聞である。喜怒哀楽をはっきりせよとも説いた。いまの新聞は物わかりがよく、すぐ妥協し、分別くさい。

 街の熊さん八ッさんは、喜ぶべき時は喜び、怒るべき時は怒り、みんなから好かれたのである。当時、スポニチの紙面は次第に変り、社員も元気となり、勢いが出てきたと評判された。

 自民党が先の参議院選挙で、改選議席に遠く及ばない44議席にとどまったのも、大衆の視線を忘れたというより、全く無視したためである。

 製造業にしろ、サービス業にしろ、また政治にしても、守るべき「原則」がいくつかある。そのひとつが、吉野さんの言う「常にお客さま(読者、有権者)の視点で考える」である。

 この当たり前のことが、何故できないのか。ひとつは、トップ、管理職の思いあがりである。常に自分たちはいいものをつくり、いい仕事をしていると独善的に思うからである。

 二つ目は、お客さまの声を吸いあげる組織があっても、その声を黙殺するか、実現するまでに時間がかかり、効果を余りあげないためである。

 三つめは、いいと思いながら、惰性に流され、実行に移さないからである。実際には、「お客さまの視点で考える」のは難かしい。例をあげて説明する。

 1989年(平成元年)113日から4日にかけて、坂本弁護士一家が拉致され、殺害された。はじめ、警察は坂本弁護士一家失踪事件とした。坂本さんの仲間の弁護士たちは、失踪とは行方をくらますということで、事件のにおいがしない。あくまでも拉致事件とすべきであると、警察と新聞社に訴えた。

 坂本弁護士は当時、訴訟を50件も抱えており、しかも、オウム真理教被害者の会の中心的役割を果たしていた。また現場にオウム真理教のバッジが落ちていた。坂本さんが自分の意志で行方をくらます理由がないと主張したのである。

 オウム真理教事件が明らかになり、麻原ら容疑者が捕まるに及んで、坂本さん一家は現場で殺害され、遺体は上九一色村の教団本部に運ばれたことがわかった。仲間の弁護士たちの訴えを聞いて、新聞がこの時点でキャンペーンをやれば、オウム真理教事件はまた別の展開をみせたであろう。

 若しも、この時、ひとつの新聞が、大々的にこの問題と取り組んでおれば、その新聞は企業としての活力を出せたばかりか、新聞は大いに売れただろう。

 また、946月の松本サリン事件、953月の地下鉄サリン事件も起きなかったかもしれない。

 「読者の視点で考える」のは、そう簡単なものではない。

 しかし、不況の折、時代がはげしく動いている現在、「お客さまの視点」は極めて大切である。経営者は肝に銘じておくべきである。

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