1998年(平成10年)9月20日(旬刊)

No.52

銀座一丁目新聞

 

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ゴン太の日記帳 (18)

目黒 ゴン太

 8月31日、日本近海に、北朝鮮から発射された、ミサイルだか人工衛星だかが、落ちたというニュースが、流されてから、1週間程度経った頃、新聞に気になる記事が載っていた。それは、在日朝鮮人に対する嫌がらせ暴行が、横行しているというものだった。

 確か、以前にも、こうした類の事件が、目立って起きたことがあるのを覚えている。要するに、我々は成長せず、同じ様な過ちを犯してしまったことになる。

 犯してしまったとしたが、実は、表沙汰になっていないだけで、絶えず起こっていることなのかもしれない。

 自分は、この類の事件が、起こる度に思い出すことがある。ニュージーランドに留学していた4年間の“外国人”としての生活していた時のことである。ニュージーランドの人々は、全体的に言えば、とても友好的で、親切な人が多く、自分達の様なアジアから来た人々にも普通に接してくれた。しかし、4年も居れば、様々なことが起こるし、様々な人に会う。その中には、やはり、偏見、差別視を持った人々がいたことも事実としてあった。しかし、他の国に“お邪魔”しているから、ある程度は仕方がないと割り切っていた。自分の中に偏見の目が、他の人種の人々に対して、全く無いかと自問自答してみた時、はっきりとYESと言えるかどうか定かではないし、等と、自らを言い聞かせたりもして、嫌な思いをしても、打ち消そうとし頑張った。でも、一時、ネオナチと称する若者の集団が、アジア人を、特に日本人を対象として、暴行を加える事件が頻発した。詳細は不明だが、日頃から、増え続けるアジア系移民を、白人至上主義を唱えていた彼らは、心良く思っていなかったのだが、何かを機に爆発したのだった。そして、自分も、何度か追われたり、意味もなく蹴られたりする様になった。バスの中、街の中でである。単に日本人であるという理由で。

 その時期程、自分は恐怖の念を抱いて生活していた時は無い。個人として見られている訳でなく、“日本”人としてだけで“標的”にされるのだ。幸い、警察の取り締まりが強化され、その集団も、大っぴらに行動を起こせなくなり、次第にそうした異常な風潮は治まったのだが、いまだに、彼らの特徴のある黒ずくめの服に、スキンヘッドという格好を思い出すと非常に嫌kikyo.gif (9916 バイト)な気分になる。

 自分の体験と、在日の朝鮮人が置かれている立場は全然違うものだとは思う。しかし、一人として差別、迫害を受けたことのある、言わば受け身の立場に立った者として、彼らの心情を思うと何とも忍びない気持ちになる。北朝鮮なる国が何をしてかそうと、個人、ましてや在日人々には、全く関係の無いことなのに、何でそんな簡単なことがわからないのか不思議でしょうがない。自分は、この類の事件を起こす者に対して、秘ずかしさと途方ない怒りが込み上げてしまうのだ。

 

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