2005年(平成17年)11月1日号

No.304

銀座一丁目新聞

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追悼録(219)

「SOUL MATE」

 登山家、名塚秀二さんが昨年10月10日、ヒマラヤのアンナプナ1峰(8,091メートル)で雪崩で遭難してから1年が立つ。世界の8,000メートル峰9座10回登頂した男である。エベレスト(8,848メートル)チョゴリ(8,611メートル)カンチェンジュンガ(8,585メートル)の世界3大峰登頂の記録は世界で5番目であった。その追悼集「ヒマラヤの風になって」(前橋山岳会)が命日の10月10日に出た。名塚さんの夫人好子さんの一文が泣かせる。タイトルは「SOUL MATE」(魂と魂で結び合った連れ合いと言う意味)「名義を書き換え、口座や会員券を解約し、遺品を処分していく。こうして私は彼が生きていたという証をひとつひとつ私の手で消していくのです。なんでこんなことをしているのだろうと突然今まで味わったことのない虚しさに襲われ、時と場所にお構いなく涙が溢れ出します。枕を濡らしながら眠りにつき、朝、目が覚めると同時に涙が流れ出すこともしばしばありました。そんな言いようのない悲しみと孤独感に支配された時、私は自分の心のやり場を求めて苦しみました。さまよっているのは彼の魂ではなく、私の魂のほう。失ってしまった片方の魂を求めて、私の魂が居場所を求めてさまよっています。どんなに求めても帰り着くことができない私の魂の居場所は何処なのか・・・・」
 雅楽「想夫恋」を聞く思いがする。好子さんは世界有数のクライマーである。この山男と山女は一の倉沢で運命の出会いをする。お互いに一目ぼれであったという。名塚さんは「山に登れるのも女房あってだよ」と夫人を頼りにされていた。スポニチ登山学校の関根孝さん(5期生)と奥さんの厚子さん(7期生)はアンナプルナ1峰の壮行会の際、せがんで名塚さんに「夢をあきらめない」と色紙に書いてもらっている(2004年7月28日)。
 この色紙は関根さん夫婦にとって大きな心の宝になったと追悼集にある。心理学者カール・グスタフ・ユングは人間は死後も自己完結を求めて旅に出るという。とすれば名塚さんは8,000メートル峰14座完全登頂をめざして旅を続けているのであろうか。好子さんあなたが追悼集に書いているように迷った事があったら旅をしている名塚さんに聞けばよい。

(柳 路夫)

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