競馬徒然草(62)
―ディープインパクトは「小さな巨人」―
菊花賞は予想されたようにディープインパクトの圧勝で終わったが、実際には、武豊騎手には人気の重圧があったようだ。レース後の談話に、こんなのがある。「もし負けたときは正面からは帰れない。そのときは通用口から出ようかと・・・」と。冗談のようだが、武豊ほどの名手にしても、それほどだったという。馬のほうはそんな人気は無縁だが、いつもより大きいスタンドの大歓声に戸惑いもあったようだ。
振り返ってみると、この日のディープインパクトは、負けてはならない大レースであることを知っていたようだ。気持ちも逸っていた。いつもはスタートも出遅れ気味がが、この日はスムーズに飛び出した。しかもスピードを上げて中団に取り付いた。さらに、1周目のスタンド前、沸き起こる大歓声に仕掛けどころと感じたらしく、馬はエンジンを掛けた。いつもはそうであることを、賢いから覚えているのだ。だが、コースを2周する京都の3000メートルは初めてだ。もう1周あるのだ。初めての経験だから、止むを得ない。武豊は逸る馬の気持ちを抑え、懸命になだめた。うまく馬を内側に入れた。前にも外側にも他馬がいることで、まだ仕掛けどころでないことをディープインパクトは悟る。
武豊は懸命に馬を抑えた。「勝負どころは、まだ先だ。ゆっくり行こうぜ」と馬に話しかけ、逸る馬の気持ちをなだめた。馬は落ち着き、武豊の指示に従った。スタミナのロスを最小限に抑え、直線に向いてから一気にスピードを全開させた。このあたりの人馬一体の走りは、「さすがに武豊とディープインパクト」と唸らせるものがあった。こうして1984年(昭和55)以来の無敗の3冠馬誕生となった。
ディープインパクトは、牡馬としては体が小さい。菊花賞当日の馬体重は444キロだが、これほど小さい馬が3冠馬の栄誉に輝いたことも記録に残るだろう。欧米には体の小さい名馬(ハイペリオン、リボーなど)を輩出した時代があったが、ディープインパクトもそのような名馬(「小さな巨人」)の仲間入りをすることを期待したい。 (
新倉 弘人) |