2005年(平成17年)11月1日号

No.304

銀座一丁目新聞

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(1)
藤田 東悟

−オカリナによせて−

 1949年群馬県桐生市生まれ。団塊の世代です。今のように豊富な物、情報に溢れた時代ではなく少しずつ豊かになって行った時代で、安保闘争の真只中の時に大学生時代を過ごし、社会、自分を考えることが出来た充実した青春時代を経験出来た世代です。東京農業大学醸造学科卒業後、酒類製造会社に32年間勤務し、製造、研究開発、品質管理等を担当してまいりました。会社勤めをしながらも、これは自分の人生ではないと自問自答を繰り返す日々を送っていました。オカリナ奏者の宗次郎さんの演奏を1987年に聞く機会がありそのオカリナの音色を聞いた時、今までブラスバンド、合唱等音楽を趣味としてきた私は強烈カルチャーショックを受け、自分自身でも何をしたら良いのか、何を求めているのか分からなかった私が、オカリナの音色を聞いて自分が求めていたものはこれだと確信いたしました。それからはオカリナ漬けの日々が続き、休みの日は朝から晩まで10時間以上オカリナを吹き続け、平日は帰宅すればすぐにオカリナを取り出練習を始める日々でした。練習は自分自身にノルマを課し、お酒を飲んで帰宅しようがどんな時でも帰って来たら最低15分間はオカリナを吹く、一日休めば取り戻すのには3日かかると自分に言い聞かせて練習をしてまいりました。狭い部屋で時間があればオカリナを吹かれたのですから妻はかなり我慢していたと思います。その証拠に夜私が練習を始めると瞬時に妻は居所寝を始めました。私の演奏がうまくて子守唄代わりになったとも思えず、妻の防御方法だったと思っております。幸いにも妻は子供たちにピアノを教えておりますので私の練習を理解していてくれたのだと思います。この様な練習方法が11年間続きましたが、始めてから2年目で練習のし過ぎで親指の付け根の腱鞘炎になり3針縫う結果になりました。それ以後、練習時間はいままでどうりで、練習方法を変えて練習してまいりました。そのかいあって1995年高崎での第一回目リサイタル、1997年清里聖アンデレ教会でのリサイタル、1998年高崎での第二回目のリサイタルを行うことが出来、その間リサイタル等のお手伝いでオカリナを吹いてきました。1996年にはいままでのオカリナ演奏の曲目に満足できずオカリナでクラッシクを演奏できないかと、細田秀一氏の全面的協力を得てヘンデルのリコーダー・ソナタ、ト短調、イ短調、ハ長調、ヘ長調を柱としたCDを自費製作し、オカリナ音楽の可能性を追求してまいりました。

 オカリナを始めると次には自分でオカリナを造ってみたい、マイオカリナが欲しいと多くの人が思われます。私もそれに漏れずオカリナを造りたいとの衝動に駆られ、陶芸を始めましたが、神田の古本屋で日本美術全集(原始・古代の美術)の表紙に載っていた縄文土偶の遮光器土偶を見た時に、オカリナを聞いたときよりも増して強烈なショックを受け、人間本来の感性の迫力、3000年、4000年前の人々が造った物が、現代に生きている私にこの様な感動を与えてくれる。現代人は物を作る技術は格段の進歩はしたが感性は進歩していない、むしむしろ後退しているようにすら感じておりました私に、遮光器土偶は「芸術は不滅」を実感させてくれました。前にも遮光器土偶は目にしているはずですがそのすばらしさに気づかずに、40才になって初めて遮光器土偶のすばらしさに気づき感動をいたしました。なぜかと考えますとオカリナを練習し、オカリナの音色を聞いている間に自分自身でも気がつかない心の変化があったのかも知れません。この様に心境の変化がありマイオカリナで自分の音を造り出してみたいとの情熱が自分の感性を形にしたいとの思いに変わりましたが、オカリナを演奏する機会が多々ありましたので練習だけは続けて行なっておりました。それからは陶芸に没頭する日々が続き、自分が作りたいと思った物しか造らず、興味が湧かない花器、食器類は一切作陶せず自分のイメージが湧いた物だけを形にし、釉薬を使わない松だけを使い5日間燃やし続ける「焼しめ焼成」にこだわった作品、はにわの様な「素焼き」の作品を造り続け笑い地蔵、狛犬、薬師様等を造って参りました。1993年に群馬県甘楽郡甘楽町天引に焼き物を行うための土地を購入してありましたので、55歳を期にオカリナ造りを本業とすべく会社を早期退職し、縄文人が見上げていたどこまでも曇りのない天空に響き渡るオカリナの響きを求めてオカリナ造りを始めました。その第一歩として三内丸山遺跡を訪れた時の巨大な物見台、竪穴式住居を見た時の感動を忘れられず、私のオカリナ造りには絶対必要不可欠な建築物だと思い、素人の手作りの物見台と半地下の建物を作り上げ、また化石燃料由来(ガス窯、灯油窯、電気窯)の熱源を使用しない本来の焼き方、薪によるオカリナ造りを志し、そのための窯を窯構築の経験のない素人が、レンガの本格的な窯造りに挑戦し自作のレンガ窯を作りました。このようにオカリナ造りの環境を作りあげ、やっと皆様にお分け出来るオカリナが出来るように成りましたが、私の思っていた以上に大変でした。2、3ヶ月で出来ると軽く考えていた私は、すごい間違いをしているのだと思い知らされる結果となりました。結果的には1年以上かかってしまい、試作したオカリナはゆうに1000個以上、型を作るのに使用した石膏は450Kg、考えれば大変なことですが、天空に響きわたるオカリナを造りたいとの思いが先にありますので一切苦にはなりません。

 宇宙、天空に響く音をイメージしてオカリナを製造し、縄文時代の人々が見上げていた今よりも夜らしい夜の夜空に光り輝く星達を表現したくラメを使用し、縄文時代の夜空に光り輝く星達を感じていただければ幸いです。現代の殺伐とした時代に少しでも心安らぐ時を感じてもらえればと願い天の川、オーロラ、銀河、星雲、流れ星の4つのパターンを星シリーズとして製造し、吹き口のところには北極星をイメージしたビーズを付け、昔の航海士が航行の指針とした星をオカリナ演奏の向上の指針との願いを込めて付けてあります。

 私のオカリナには「天響」(アマヒビキ)と言う名を付けてあります。この由来は偶然にも購入した土地が「天引」(アマビキ)と言う天に通ずる地名だったので一字をもらい「天響」と名付け、この名のとおり私のオカリナが皆様の心の中の天空に響きわたることを願ってやみません。
 藤田氏のオカリナ紹介サイト(販売もあります):
   http://www18.ocn.ne.jp/~tougo/

細田 秀一プロフィール

東京芸術大学及び同大学院卒業後、ドイツべルリン国立芸術大学へ留学。現在文教大学、尚美学園大学、白鳳大学足利高校音楽科講師。

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