2005年(平成17年)5月10日号

No.287

銀座一丁目新聞

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(4)

「天から送られた手紙」

−宮崎 徹−

 雪と氷の研究で世界的に著名な中谷宇吉郎博士に旭川の青年会議所でお話をいただいたことがあった。「雪は天から送られた手紙である」という有名な先生の言葉を、文科系や体育会系の多い会議所の若者達は、単にロマンチックな表現と思っていた者が多かったようだったが、「空から降るさまざまな形の雪の結晶は、それがつくられた時の天と雲、大気の状態を示して千差万別で、結晶の形と模様という暗号文でそれを生んだ上空の状態が判る」という説明に蒙を啓かれたのだった。
 北陸生まれの中谷先生は、雪の研究が出来るというところから北大に奉職された。旭川に近い上富良野の十勝岳が北海道の中でも地形上、雪の結晶が多様であり一番綺麗ということで、十勝岳の中腹、標高一千メートルの山小屋で毎冬雪の結晶の顕微鏡撮影をされた。そして北大に建てた低温実験室で、苦労に苦労を重ねて人工雪の結晶をつくり、ナカヤ・ダイヤグラムという気温と水温との変化によって出来る結晶の図式を完成した。北大の低温科学研究所が世界の雪氷の研究の嚆矢となった功績は大きい。
 往事の思い出を含めた先生のお話の後、或る会員から、此の頃の旭川は冬も凌ぎ易くなったが、古老の話では昔は兵隊の歩哨が凍え死んだとか、耳や鼻が落ちたなどの苦労話を聞いたことがあるが、科学的にはどうなのでしょうか、という質問があった。たしかに戦前、戦後旭川では零下三十度の日は小学校は休校となった。最近はその例がないので二十五度休校案が出て居るようである。
 その質問に先生は判り易く話された。『地球を囲む大気の中で、水蒸気CO(炭酸ガス)・メタンなどが、地表から放出される赤外線の放射熱を吸収し地球を温室のように暖めている温室効果を持っていて、これがないと地球は氷点下になってしまう。現在は適量の水蒸気が大気中にあるので植物が繁茂し、人や獣の吐くCOを酸素に変換し、適量のCOが大気中に存在する。札幌や旭川では人間が森林を伐採して町をつくり、住民は石炭や石油を消費し燃焼によって大気中の炭酸ガスを増加させる。この森林の減少による炭酸ガスの増加傾向が温暖化を進めている。その結果古老の話との差となっているのですよ』。
 名随筆で知られる先生が深い内容を平明ににこやかに話された話に、私は深い感銘を受けた。小学校の休日はやがて零下二十五度からとなり、校舎も集中暖房化になって、今はそれもなくなってしまった。日本一寒いといわれた旭川も、森林が残っいて一冬の間水面が凍り続ける山奥の人工ダムの周辺の寒さには及ばないだろう。
 先生のお話を伺ってから四十年。その時示唆を受けた地球温暖化は人類のグローバルな問題となり、京都の世界環境会議では日本は主催国となった。今まで道内では、雪害対策のみが冬の大難として考えられた来たが、今は克雪・親雪・利雪という研究も進んでいる。そのような流れに平均人より少しだけ早く目が向くようになったのも、私は先生のお話を伺ってせいではないかとずっと感謝している。
 白皚々の十勝岳 − 時に結晶の美しさを見せて肩に止まる街の中の雪、− 北海道の冬に中谷先生の温容が懐かしい。

       ひとひらの十勝の雪を手にとりて
        人住まぬ空の便りきくかも

 湯川秀樹博士が、中谷先生が学士院賞を授賞された時に、お祝いとして贈られた歌である。

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