哲学者、福田定良さんを偲ぶ会が1月29日(土曜日)日本記者クラブでひらかれる。なくなったのは2002年12月12日、享年84歳であった。遺稿集「堅気の哲学」が藍書房から出版されるのを機に知人、友人、弟子たちが集る。
たしか、福田さんとは毎日新聞で学芸部長、「サンデー毎日」編集長をした岡本博さんから紹介され二、三度お目に掛かった。私が出版局長の昭和54年8月には福田さんの本「優等生の哲学」を出している。本の奥付きの発行人に私の名がある。25年も前の話である。福田さんは大学を出たあと軍隊に入ったもののたえられず、、仮病を使って3ヶ月で除隊、今度は志願して徴用工になり、防疫班として南方のハルマヘラ島にゆき、そこで敗戦を迎え、捕虜生活を送る。母校で20年間哲学を教えた後、文筆業に入る。
その哲学は軍隊と南方の徴用工時代の生活とそこで出会った人々(庶民・堅気)によって大きく影響を受ける。「人に学んで自分に問う」ことが昔ギリシャ人がいったフィロソフイーに近いという。だから、人間、社会、歴史を考える場合、堅気の目で考察する。遺稿集にはこんな記述がある。「対潜監視に出るたびに、何れこの船も沈められて、泳ぎのできない私は真っ先に溺れて死ぬことになるに違いないという思いから逃れられなくなってしまいました。ところが、ある日、めずらしく静かな大海原を眺めているうちに、突然、私は今船に乗っているのではなく、海が船をそして私を支えているのだ、という奇妙な錯覚におち入ったんです。なんだ。そうだったのか!とたんに、私は我を忘れて笑い出してしまいました」。
福田さんは海から教えられた。安心立命の境地を。これが小さい哲学である。現実の問題をよく考えて自分の言葉で語るのが「堅気の哲学」である。そう思えば哲学も面白い。
(柳 路夫) |