2004年(平成16年)10月20日号

No.267

銀座一丁目新聞

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花ある風景(181)

並木 徹

山田監督が「隠し剣 竜の爪」で問うもの

 藤澤周平原作、山田洋次監督の映画「隠し剣 竜の爪」を見た(10月8日・日本記者クラブ)。藩命に翻弄されながら生きる下級武士を縦軸とし、旦那様の言いつけを従順に従う娘を横軸とした「男と女の背丈の幸せ」を問うた映画である。
 時代は幕末。海坂藩でも江戸から教官を求めて大砲・鉄砲の調練が始まる。教官と藩士とのやり取りが面白く描かれる。幕末の日本は世界の武器の掃き溜めといわれた。日本へ入ってきた銃砲は旧式のものばかりで新式の大砲は少なかった。外国の武器商人たちが日本の軍備拡張熱に乗じて実用価値の無くなった廃物を持ってきてボロ儲けをしたわけである(南條範夫編「江戸事典」より)。現代と全く変わらない。
 主人公は片桐宗蔵(永瀬正敏)。30石取りの平侍。30石は年収玄米でざっと12石、現代感覚で言うと年収324万円である(磯田道史の「江戸時代の貨幣と価値・早見表を参照した)。身の回りを世話してくれる老婆粂との二人暮し。この年収であれば、貧しいながらやっていけるであろう。
 江戸屋敷で謀反が発覚。幕府に知られるのを恐れた藩は関係者をこっそりと処分。首謀者のひとり狭間弥市郎(小沢征悦)を山奥の座敷牢に閉じ込める「郷入り」の極刑に処した。宗蔵と狭間は藩の剣術指南役、戸田寛斎(田中泯)の門下生で親しい間柄であった。家老の堀将監(緒形拳)から門下生で狭間と親しい者の名前を問い詰められる。宗蔵は密告は武士のすべきことではないと拒否する。やがて狭間は脱獄して親娘を人質にして農家に立てこもる。藩命により仕方なく友人を切る覚悟を決める。その前に今は引退している戸田寛斎のもとに訪れ必殺の一手を乞う。
 切り合う中で相手に背中を見せてわざと隙をつくり、相手が占めたと思い切り付けてくるその瞬間を捉えて相手の胴を払う剣法を教えられる。このシーンは一種の「剣の舞い」を見ているようであった。「ともに死するを以って心となす。勝ちはその中にあり」という剣術の極意と一致する。無事に狭間を討ち果たす。
 農家の娘きえ(松たか子)は母が在世中行儀見習いに来ていた。気立ての優しい娘であった。母親は自分の娘のようにすべてを仕込んだ。大きな油問屋に嫁にゆき、幸せで暮らしていると思っていたのにそうではなかった。病に臥せっていると聞くと、矢もたまらずに油問屋に駆けつけて薄暗い物置部屋に寝かされているきえを負ぶって連れて帰る。きえとの間が噂になると。旦那様の言いつけだといって実家に返す。その前に、一度見てみたいという子供からのきえの夢、海へ連れてゆく。広い海はすべてを抱き、すべての人の希望をかなえることを象徴する。侍稼業に嫌気のさした宗蔵は畑作業をしているきえを訪ね、江戸行きを勧める。「それは旦那様の言いつけですか」と笑って聞くきえに「そうだ」とキッパリと答える。時代が激動する中にあって庶民の生活はそう変わるものではない。しかも藤澤さんの作品が描く世界は「男はあくまでも愚直で女は切ないまでにつつましい」のである。それに深く感動する。

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