2004年(平成16年)7月10日号

No.257

銀座一丁目新聞

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追悼録(172)

リストのピアノ曲に涼を求める

  冷房にアレルギーを持っているので、家では冷房をつけない。外は30度をこえる(8日東京の最高温度は35.1度)。朝からシャワーは三度浴びる。CDでフジ子・ヘミングのピアノ・ミュンヘン交響楽団(ヘイコ・マティアス・フォルシュターン指揮)のリスト・ピアノ協奏曲 第一番 変ホ長調 S.124を聞く。二番とともにリストの作品の中でも傑出した名曲といわれる。とくに第二楽章がいい。哀愁をたたえた調べが弦、ピアノ、チェロ、フルートと単独で或るときは応酬を繰り返して波のように寄せてくる。死の床についたらこの交響曲を流して欲しいと思う。
 リストには作曲交響詩「前奏曲」レ・プレリュードがある。この作品はフランスの詩人ラマルティーヌの「詩的瞑想」からヒントを得て作られたもので、人生は死への前奏曲である。その楽譜の序文には「人生には死から響いてくる一番厳粛な音がある・・・」とあるそうだ。悟りを開いた者だけがその一番厳粛な音を聞き得るのであろうか。祇園精舎の鐘の音の無常さぐらいはわかる。いま、「死」からなにも響いてこない。
 「沙石集」(仏教的説話集、無住道暁著)にはこんな事が記されている。道心深い僧が入水入定を決めて湖に出た。水に入ってから妄念が起きると往生が出来ないからそのときは腰につけた縄を引っ張ってくれと言い残して僧は念仏を唱えながら入水した。二三度試みたが、水中で苦痛が起こり妄念が発したので縄で引き揚げられた。その後、やっと念願を達した。真の悟りは極めて難しいということであろう。
 リストは晩年、修道院に入り、敬虔な信仰をもった。祖国ハンガリーのために多くの慈善演奏会を開きその収益金をすべて貧民のために寄付。また数百人に上る弟子を育てた。その授業料はすべて無料であった。リストは1886年7月31日75歳でこの世を去った。
このようなリストの名曲をフジ子・ヘミングのピアノで聴くと暑さもしばしは忘れる。

(柳 路夫)

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