2004年(平成16年)2月10日号

No.242

銀座一丁目新聞

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花ある風景(156)

並木 徹

絵巻物が映画になった

 制作・工藤充、演出・羽田澄子の映画「山中常盤」の試寫をみた(1月30日)。江戸初期に活躍した岩佐又兵衛(1578−1650)作の12巻・全長150bに及ぶ絵巻「山中常盤」を映画にしたものである。岩佐には浮世絵又兵衛の愛称があるが、その絵巻物を映画化する発想がすごい。
映画は「方丈記」の冒頭の句から始まる。「ユクカワノナガレハタエズシテシカモモトノミズニアラズ・・・」(ナレーション・喜多道枝)生生流転、人生は一炊の夢。岩佐の父は織田信長に反旗を翻した荒木村重(1586没)、母は一族郎党とともに処刑されている。岩佐は生まれたばかりであった。「山中常盤」の絵巻は牛若丸と常盤御前の物語である。鞍馬山から東国に走ったという牛若丸を追う常盤御前が美濃の国山中の宿で病に倒れる。そこへ6人の盗賊が押し入り金品を奪った上,侍女とともども常盤御前まで殺してしまう。母の身を案じた牛若丸が京に戻る途中、山中の同じ宿で夢枕に出てきた母によっその無残な最期を知り、宿に6人の盗賊をおびき寄せ,滅多切りにして母の仇を討つというものである。羽田さんは「この絵巻を見ると惨殺された見ぬ母への又兵衛の思いが込められているように思えてなりません」と解説する。それにしても岩佐が描く常盤御前の顔のふくよかさは魅力的である。一瞬、棟方志功(1903−1973)の版画の美人像を思い浮かべた。
随所に,まことに効果的に、北上川のとうとうたる流れが画面に出てくる。「ヨドミニウカブウタカタハカツキエカツムスビテヒサシクトドマルコトナシ・・・」。恨みは千載に残る。時には恨みは思いもかけず善事とつながる。昭和の初期,「山中常盤」がドイツの美術館に売却されようとした。それを一人の出版人が知り、金策に走り、家まで抵当に入れ海外流出を止めたというエピソードが残されている。絵巻にこめられた岩佐の思いの深さがその出版人を動かしたといえよう。
江戸時代には人形浄瑠璃として人気のあった物語というが、映画のために新しく作曲(鶴沢清治・作調、鶴沢清二郎)した浄瑠璃「山中常盤」は私を夢幻の世
界に誘ってくれた。奇跡的に日本に残された絵巻が昭和のはじめから数えて80年,一人の監督によって映画として新しい芸術的作品として蘇った。連綿として優れた作品を生み出してゆくものは流れ行く川の底流にある深くて暗い「恨み」かもしれない。

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