2003年(平成15年)10月20日号

No.231

銀座一丁目新聞

上へ
茶説
追悼録
花ある風景
競馬徒然草
安全地帯
静かなる日々
お耳を拝借
GINZA点描
銀座俳句道場
告知板
バックナンバー

安全地帯(58)

日本一のほら吹き男

信濃太郎

 北原亜以子原作・尾崎将也脚色・高木康夫演出・前進座公演の「まんがら茂平次」を見た(10月9日新国立劇場。15日〜26日吉祥寺前進座劇場)。時代は明治元年(1868)1月、鳥羽・伏見の戦いに敗れた幕府軍を追って薩長軍が江戸を目指してくる前後のころである。第一幕早々に駿河台の呉服商浜松屋が放火される。お品(今村文美)と薩摩浪人竜太郎(又野佐紋)が仕組んだもの。西郷隆盛は幕府を挑発、事を起こさせるため御用党と名乗る浪士隊を作り江戸中で乱暴を働かせた。このころ江戸市中で強盗、放火が頻発した。
 お芝居は病気の父親に代わって一人娘のお鈴(丸山貴子)が切り盛りする神田の仁兵衛蕎麦屋を中心に展開される。この店でまんがら茂平次(中村梅雀)が骨董屋の誠之助(小佐川源次郎)に偽の文晃の掛け軸をウソ八百並べて売るつける。聞くも涙の物語に誠之助は言い値に一両上乗せて買う始末である。「まんがら」とは「万に一つの本当もないほら吹き」ということである。このまんがらがつぎから次へと物語を繰り広げてゆく。
 場面は神田は昌平橋の袂。蕎麦屋で常連に口からでまかせに話をしたそのままの飛び切りの別嬪に会う。小またの切れ上がったいい女である。そのお品は倒幕のテロリストであった。お品からそそのかされ、江戸を灰燼にして幕府を倒すための放火を手伝うことになる。だが、茂平次はどうしても出来ない。お品の相棒の竜太郎に切られかかったところを親友で旗本の四男坊、黛宗之助(瀬川菊之丞)に助けられる。
 仁兵衛蕎麦屋に新撰組を脱走した森末金吾(中嶋宏幸)が空腹で行き倒れ寸前で来る。新撰組は鳥羽・伏見の戦いの6年前、文久3年、松平容保御預としてその名を与えられた。「池田屋事件」でその名を轟かした。幕府の衰退とともに勢いを失い脱走者が相次いだ。蕎麦屋の二偕で清元を教えているおゆう(長井多津子)のもとに、おゆうの元情夫で、岡引の蝮の権次(石田聡)が現れる。茂平次は金吾が何者か知らないのに、咄嗟のウソで金吾を新撰組の隊士に仕立て権次を追い払う。
 第二幕、彰義隊、塙大三郎(辻博之)の屋敷で茂平次は一世一代のまんがらの勝負に出る。お品の色仕掛けで隊士たちをたきつけて江戸城を受け取りに来る勅使の行列に鉄砲打ち込むことになっていた。そうはさせじと茂平次はお品は病気もち、契りを交わせば身体が腐ると言う噂を流してぶち壊す。彰義隊に入った宗之助が重傷を追って蕎麦屋に担ぎこまれてくる。追ってきた薩摩兵、藤田良作(小佐川源次郎)がその場にいた恋人の小ぎん(妻倉和子)らを犯人隠匿で捕まえようとすると、茂平次がまた口からでまかせに「かくまったのは俺だ。俺は勝海舟の密偵だ」とウソをつく。ところが意外にも勝海舟がそれを認めてすべてがうまくおさまる。「人を思いやるウソはついてもいいのね」とウソが大嫌いのお鈴も納得する。まんがらの世の中もまんざら捨てたものでもない。

このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。(そのさい発行日記述をお忘れなく)
www@hb-arts.co.jp