2003年(平成15年)10月20日号

No.231

銀座一丁目新聞

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競馬徒然草(30)

―名剣の切れ味― 

  「追い込んで見せるしかない」。呟く男がいた。
何を? なぜ? 真意を測りかねて問いかけようとしたが、言葉を喉の奥に呑み込んだ。スタンドの喧騒から離れた一画。腰を下ろす石段に、秋の日差しが淡い。その日のことといえば、そんな情景から始まった。
ファンの関心を集めていたのは、メインレースのスプリンターズS(中山・芝1200・15頭立て)。快速馬のナンバー1を決めるGTレース。1番人気は、この距離を最も得意とするビリーヴ。「優勝して引退の花道を飾る」と、新聞も書きたてていた。1200の実績からも、勝って当然というところだろう。しかも、騎手が乗り慣れたアンカツ(安藤勝巳)。不安材料はないというわけだ。
 武豊のアドマイヤマックスは2番人気、無傷の5連勝で挑むレディブロンドは3番人気、最近2連勝と好調のテンシノキセキが4番人気。追い込みに賭けるデュランダルが5番人気。これらが直線コースで脚を伸ばしたとしても、ビリーヴを捉えるところまではいかないだろう。そんな展開を描いたとしても、当然のことと思われた。問題はビリーヴの相手探し、つまり「2着探し」という様相だった。とはいえ、ビリーヴで間違いなく勝てるかというと、一抹の不安があった。坂のあるコースでは、坂がこたえる。如何に踏ん張れるか。
 ビリーヴは予想通り好位置につけ、直線で先頭に立つ。上位人気馬が、差を詰めにかかる。ビリーヴが、そのまま逃げ込みを図る。勝利目前だった。そのとき大外から池添騎手のデュランダルが、まさに疾風のように襲いかかり、差し切ってしまった。直線に向いたとき、最後方にいた馬だ。14頭をまとめて差し切った。2着に敗れたビリーヴの安藤勝巳は、信じられない思いで呆然とした。2番人気のアドマイヤマックス(武豊)は3着、無傷の5連勝で挑んだ3番人気のレディブロンド(柴田善)は4着に敗れた。優勝したデュランダルは、GT初挑戦で初制覇。今後が楽しみな新星の誕生となった。それにしても、後方一気の追い込みの脚(上がり33秒1)は、記録に残る鋭い切れ味だった。
 デュランダルの馬名は、中世フランスの名剣『デュランダル』から取ったものだという。追い込みの脚の鋭さを、ナタに例えて「ナタの切れ味」などというが、フランスの名剣の名を馬名にしたところが洒落ている。しかも、その名の通り、鋭い切れ味を発揮して見せたのだ。馬の名を付けたのが社台の吉田照哉オーナーと知れば、「さすがに・・・」とも頷ける。「マイル(1600)なら、もっと強いと思う」と、オーナーサイドは見ている。今後とも記憶に留めておいていい馬である。 
 デュランダルの単勝馬券は8.1倍。決して大穴ではない。だが、狙った者の感慨は、どう表現すべきものだろうか。スタンドの喧騒から離れた一画へ行った。石段のあたりで、彼が現れるのを待った。「追い込むしかない」と呟いた男。「追い込み」に賭けるのが、「単に競馬の上だけのことではない」と、語るような気がした。こうして、その秋の1日は終わった。

(戸明 英一)

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