2003年(平成15年)9月10日号

No.227

銀座一丁目新聞

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安全地帯(55)

渕上千里さんのピアノを聞く

信濃太郎

 東京ヴィヴァルディ合奏団主催「渕上千里/室内樂の語らい」を聞いた(9月2日・浜離宮朝日ホール)。好きなピアニストはフジ子・ヘミングなので暇があると、彼女のCDを聞いている。久し振りの演奏会で、渕上さんの優しくピアノを包み込み、正確無比(私にはそう感じた)な演奏振りに心が和らぐのを覚えた。
実は淵上さんのお母さんの勝子さんはスポニチ登山学校の7期生で、名誉校長である私を招待してくれた。この日7期生の登山仲間7,8人も顔を見せていた。この人達は山だけでなく写真にも興味をもち、すでに展覧会まで開いている。仲間の絆は深まるばかりである。
第一部で演奏したフランシス・プーランクの「メランコリー」は心に響くものがあった。プーランクはフランスの作曲家で、母親について5歳のときからピアノを始めた。家庭は裕福で音楽的環境には恵まれていたという。この曲は親友を失い、巡礼までした4年後の作品である。宗教的な旋律を持つ。鎮魂と静寂な調べとピアノに向う渕上さんの真剣な所作にふと「塵ひとつなき方丈の草の花」(加藤静子)の句を思い出した。いろいろ考えるうちに、この曲に似合う花は「むくげ」だと思った。

<塵ひとつなき方丈のむくげかな>

第二部のベートーヴェン/ピアノ三重奏曲第七番 変ロ長調 作品97「大公」。ヴァイオリン、アンドリュー・ユジ・テイラー。チェロ、渡辺宏。
第一楽章、第二楽章ともに三人の息がぴたりとあい、ヴァイオリン、チェロ、ピアノが見事に交錯して夢の世界にいざなってくれる。べートーヴェンからこの曲を献呈されたルードルフ大公は幸せ者である。ヴァイオリンとチェロはピアノが語るとき邪魔をせず、控えめである。渕上さんが生き生きとしている。テイラーの体一杯使った演奏には好感が持てた。三重奏曲の中で最も傑出している「大公」である。1814年が初演という。日本では滝澤馬琴が南総里見八犬伝を書きはじめたころである。それから189年もたつ。この夜、「大公」の名曲は浜離宮の森に静かに流れる。ホールを満席で埋めた聴衆は当然のようにアンコールを求めてやまなかった。

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