花ある風景(141)
並木 徹
書の極意は剣にも通づる
友人に進められて話題作、チャン・イーモウ(張芸謀)監督の映画「HERO](英雄)をみる。群雄が割拠した十八史略の世界をコンピューターグラフィックをふんだんに使い、白、赤、青、黄色の色彩も豊かにしかも壮大に描く。迫力ある画面になっている。始皇帝の秦王政をめぐる暗殺伝説の一つを取り上げた作品である。
秦王政の暗殺といえば、燕の太子丹に政の暗殺を頼まれた荊軻を思い出す。秦王に近づくために政の怒りを買って燕にのがれてきた秦の将軍の首と燕の重要な地図を持参、王に近づいた。絵巻になっている地図に短刀を隠しておいたが失敗した。時に秦王政の20年(世紀前227年)であった。易水のほとりで、荊軻が友人の高漸離の筑の音にあわせて別れの歌を歌ったのは有名な話である。「風、粛粛として易水寒し/壮士ひとたび去ってまた還らず」
映画の時代もそのころのことである。暗殺者、無名(ジエット・リー)が一本の槍と二ふりの剣を持って秦王(チェン・タオミン)のもとにやってくる。それぞれに中国全土で最強といわれる三人の暗殺者の名前が書き込まれていた。三人の名前は長空(ドニー・イェン)、残剣(トニー・レオン)、飛雪(マギーチャン)である。その三人に勝った男である。秦王が会いたくなるのも無理はない。王に拝謁する者は王との距離は百歩とされていた。三人と戦い勝った話をするたびに前へ進む事が許されて無名と王の距離は十歩になる。無名には敵が十歩以内であれば必ず倒せるという剣術「十歩必殺」があった。無名が残剣と別れるとき、残剣が土の上に「天下」と書たという話を王にする。秦王はそれが「人を殺さず、天下を無事に治める」と理解する。無名には「秦王は人物だから殺すな。天下を治めるのは秦王しかいない」と言う意味だとわかっていた。
秦王から投げ出され玉剣で王を刺すこともなく死につく。書も剣も人を生かすものであることを知る。書も人なり、剣も人なりである。その極意はあい通づるものがある。 |