2003年(平成15年)1月20日号

No.204

銀座一丁目新聞

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花ある風景(118)

 並木 徹

黒沼ユリ子と仲間たち

 久し振りに黒沼ユリ子さんのヴァイオリンを聴いた。「黒沼ユリ子と仲間たち」が 2003 new year concertとして演奏会を開いたもの(1月11日・東京芸術劇場)。はじめに黒沼さんが「音楽と私」と題して話をした。考えさせられる話であった。作曲家ドヴォルジャーク(1841年―1904年)はチェコの都プラハから北におよそ30キロ離れた村に生まれたが、当時のチェコは民族こそ存在していても自分たちの国はなかった。オーストリア帝国の属国(1620年―1918年)として政治的自由も経済、宗教、言語の自由も奪われていた。チェコ人は僅かに音楽の中での自由を呼吸することで自らを慰めていた。独立国家となるのは第一次大戦のあとチェコスロバキアとしてである。1993年にはチェコとスロバキアに分離独立する。そんななかでドヴォルジャークの音楽が生まれた。今の日本人に国がなくて民族だけがあるという形が想像できるであろうか。また18世紀のメキシコの大統領の言葉「他国の権利を尊重すれば争いは起こらない」を引用して、きな臭くなってきた世界情勢をやんわりと風刺した。私なりに意訳すとこのような話をした。
 第一部でドヴォルジャークのユーモレスクを演奏した黒沼さんはドヴォルジャークのその心情と同じく、久し振りに故国の人々の前で引く喜びにあふれていた。
第二部のシューベルトのピアノ五重奏曲『ます(鱒〕』イ長調 作品114 は素晴らしかった。第二楽章と第三楽章が特に胸に響いた。この曲は1819年シューベルトが22歳のときつくられた。当時、中学校の教師で、ベートーヴェンが激賞しても一口も話の出来ない青年であったという。
 ピアノ・ラファエル・ゲーラ、ヴィオラ・百武由紀、チェロ・小沢洋介、コントラバス・前田芳彰、ヴァイオリン・黒沼ユリ子。息の合った五重奏であった。
 黒沼さんのヴァイオリンは一段と旋律が美しく聞こえた。
 第三部、ボーリングのヴァイオリンとジャズトリオのための組曲は興味深く聴いた。クラシックのピアニストはジャズ を引くのを嫌がるだろうと思っていたら、ラファエル・ゲーラさんが楽しげに演奏したのには驚いた。PART4「タンゴ」に百武由紀さんが出てきたのには奇異の感を持ったが、「タンゴ」はヴィオラとジャズトリオのために書かれたものと知って納得した。楽しい演奏会であった。音楽が人を奮い立たせる力を持っているのをいまさらのように感じ入った。

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