安全地帯(25)
−世界は世話をやき過ぎる−
−信濃 太郎−
どうも時代はお節介をやきすぎるように思う。平和、経済、人権などの諸問題で各国が協調すのはわかるが、人間の嗜好の問題に立ち入るのはいかがなものか。タバコの広告・販売を世界的規模で規制する「タバコ対策枠組み条約」の締結に向けた第五回政府間交渉が14日から25日までジュネーブで開かれる(10月13日毎日新聞)。参加国は192カ国に及び、タバコ撲滅を目指す世界保健機構が主導で来年5月の成立をめざすという。
タバコを吸うのは本人の嗜好に属する。体に悪いと思えばやめればいいし、それなりに効用があると考えれば吸えばよい。あくまでも本人に任せる問題である。それを国がしゃしゃりでることではない。
筆者はタバコを止めてから21年になる。タバコは長い原稿を書くとき、一服すると良い考えが浮かぶ。また交渉時には間が取れて都合がいいときもある。辞めた理由はタバコを吸うと喉がいがろっぽくなったからである。
「自分の体を守るのは自分自身である」という信念を持っている。私の体を守るのは医者でもなければ、ましてや国などではない。
第二次草案を見ると、人間の自主性を全く無視している。判断力のない幼児とみなしている。「ライト」「マイルド」など誤解を与える表示をしないとか、客が自由に取れる陳列棚などでのタバコ販売を禁止などを掲げている。
現代人は人様から「これは悪るいことですよ」「これはいけないですよ」と教えてもらわなければ行動できないのか。時代の流れが人の世話をやくような傾向になりつつあるように思える。
「反タバコ」のNGOもあるというのだからそうかもしれない。筆者はいつでも賢い自由人でありたい。 |