2002年(平成14年)10月20日号

No.195

銀座一丁目新聞

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競馬徒然草(26)

−「人気」と「無印」− 

 「人気」とは何だろうか。「人気」というものは、一般にはどう考えられているだろうか。例えば、首相や内閣の人気。当初は異常に高かった。それが次第に下がり、一時はやや持ち直したが、その後は低迷。構造改革や景気の回復など、絶望的だという批判も噴出している。「人気」ほど当てにならないものはない。
 「人気」の対極にあるのは、「無印」だろう。とかく有名メーカーのブランド品に人気が集まるが、ブランド品だけが良質とは限らない。有名メーカーの商品以外にも、いいものはある。そのことを最初に鮮明に打ち出したのは、西友の「無印良品」だった。この「無印良品」には、確かにいい商品がある。「無印」だといって認めたがらないのは、偏見にほかならない。
 話はいささか飛躍するが、最近、このことを改めて感じさせたのは、田中耕一さんのノーベル化学賞の受賞だった。受賞が伝えられたとき、内閣府の関係部局でさえ、「田中さんて誰だ?」と、大騒ぎした。慌てて調べ、やっと分かったという。関係部局としては、化学の分野における最新の研究に関する情報ぐらい把握していていいはずだ。お粗末というほかない。田中さんの研究は、すでに国際的な評価を得ていた。それなのに関係部局さえ知らなかったことは、大いに恥じなければならないだろう。国内ではそれほど評価されていなかった田中さんの研究を、スウェーデン科学アカデミーが認め、ノーベル化学賞を決めた。
 新聞記事の見出しには、大きく「無名の人」とあった。一企業(島津製作所)の研究者で、「博士号」も持たない田中さんは、いわば「無印」だった。その「無印」が高く評価されたことを喜びたい。田中さんは東北大学(工学部)卒業後、すぐに島津製作所に入社したわけではない。「ソニー」の入社試験も受けている。面接までいっている。だが、落ちたそうだ。面接担当者も、田中さんの資質を見抜けなかったようだ。このエピソードは面白い。いわば「無印」といっていい人間に対する評価の一つの在り様が、窺えるような気がする。何事も評価というものは難しいが、特に人物に対する評価は難しい。このことは、組織の中でも同様である。
 ついでに触れると、勤務先における田中さんは、昇進が遅いほうらしい。あれほどの研究成果を上げながら、受賞時は係長の下の主任だった。田中さんは、自身について「『変わっている』と思われているようです」と語っているが、こうしたことも無縁ではないかもしれない。大学では電気工学を専攻したが、入社して生化学をやることになった。そのため失敗することも多かったようだ。そのことも評価に影響したかもしれない。だが、自由に研究させてくれる社風のようなものがあったことが幸いした。また、人と違うことをやったことが、成果を上げることに結び付いた。人と異なる考えや行動は、とかく「常識」に反するとして否定されがちである。そうした変な風潮に一石を投じてくれた点でも、田中さんの受賞は快挙である。
 ついでながら、「無印」が「人気」の馬に勝つことが、競馬ではしばしばある。「無印、軽視すべからず」の格言は、偏見を抱きやすいことを戒めてもいる。

(宇曾裕三)

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