「もう、どれくらいになるんだろう」
「何が?」
「こうして知り合ってから」
「ずいぶん経った」
「こんな映画があったね」
「沢山ある」
「アメリカ映画の、ニューヨークの男女の話。コンピュータの中で知り合って、すごく気が合って・・・。でも実は、ご近所のライバルの本屋さん同士だったのよ」
「ドラマ仕立てだ」
「地味なドラマだったわ。毎日毎日語り合って、とても地道だったもの。顔を合わせないまま、喜んだり哀しんだり楽しんだり怒ったりするのよ。やり取りが、2人の生活の支柱になっていく過程も着実な感じだったわ」
「その映画は、ハッピーエンド?」
「ハッピーエンドもいいところ!」
「映画はドラマチックだから」
「好みだわ、地道なドラマチック! 身に染みるほど愉しそうで、大好きよ」
「ほかに、好みは?」
「・・・夢みたいなこと!」
「うん?」
「つかめそうでつかめない感じが好きだわ」
「ほかには?」
「・・・魔法!」
「それは、どんな感じ?」
「あれ?って直感する不可思議な瞬間。デジャヴーな感じ」
「難しそうだな」
「好みが、現実に重なるとは思っていないわ」
「それなら、何のための好み?」
「・・・現実の好みもあるわよ! あなたが、いつも微笑んで話を聴いてくれること」
「それはつまらないな」
「ううん、ちょっとした魔法だわ。・・・心の底の方がね、穏やかになるのよ。海の底で泳ぐみたいに、とても深くて不思議な大気に包まれていくのよ」
「カイコさんの話、聴いてると面白いから、聴いてるだけだよ」
「どうして、そんなに優しいの?」
「そうかな?」
「そうだよ。見知らぬ人とは思えないよ」
「・・・見ても知っても、どっちでもいーじゃんか」
「・・・たまに優しくないね」
「たまに、海底の砂が何かにさらわれて、チリをまき散らす」
「そうだね。砂塵が舞ってるよ」
「海中が見えなくなる」
「でもね、大丈夫。一時すると、何もなかったように、また静寂な海底に戻るよ。そんな時、海中の水は前よりもっとクリアになるのよ」
「空、静かだね」
「月が丸い」
「十五夜は、静かなのね」
「兎が餅ついてるのに?」
「虫の音だけが響いてる」
「音、聴きたい?」
「餅つきの音?」
「これ・・・」
「なに?」
「何ていう題名?」
「月の音楽」
「これは・・・」
「なに?」
「これね・・・」
「泣いてるの?」
「だってね・・・」
「だって、なに?」
「この曲を私に送ってくれるのは、一人しかいない・・・」
「泣くなよ」
「そっちが泣かせたくせに」
「そうかな?」
「今、魔法、したでしょう」
「どうだろう?」
「それにね・・・」
「それに、なに?」
「あなたは・・・」
「ん?」
「だれなの?」
「・・・不成功だった?」
「ううん・・・大成功。すっごく愉快な気分よ」
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