2002年(平成14年)9月10日号

No.191

銀座一丁目新聞

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横浜便り(34)

分須 朗子

−「Your Story」 4−

 「もう、どれくらいになるんだろう」
 「何が?」
 「こうして知り合ってから」
 「ずいぶん経った」
 「こんな映画があったね」
 「沢山ある」
 「アメリカ映画の、ニューヨークの男女の話。コンピュータの中で知り合って、すごく気が合って・・・。でも実は、ご近所のライバルの本屋さん同士だったのよ」
 「ドラマ仕立てだ」
 「地味なドラマだったわ。毎日毎日語り合って、とても地道だったもの。顔を合わせないまま、喜んだり哀しんだり楽しんだり怒ったりするのよ。やり取りが、2人の生活の支柱になっていく過程も着実な感じだったわ」
 「その映画は、ハッピーエンド?」
 「ハッピーエンドもいいところ!」
 「映画はドラマチックだから」
 「好みだわ、地道なドラマチック! 身に染みるほど愉しそうで、大好きよ」
 「ほかに、好みは?」
 「・・・夢みたいなこと!」
 「うん?」
 「つかめそうでつかめない感じが好きだわ」
 「ほかには?」
 「・・・魔法!」
 「それは、どんな感じ?」
 「あれ?って直感する不可思議な瞬間。デジャヴーな感じ」
 「難しそうだな」
 「好みが、現実に重なるとは思っていないわ」
 「それなら、何のための好み?」
 「・・・現実の好みもあるわよ! あなたが、いつも微笑んで話を聴いてくれること」
 「それはつまらないな」
 「ううん、ちょっとした魔法だわ。・・・心の底の方がね、穏やかになるのよ。海の底で泳ぐみたいに、とても深くて不思議な大気に包まれていくのよ」
 「カイコさんの話、聴いてると面白いから、聴いてるだけだよ」
 「どうして、そんなに優しいの?」
 「そうかな?」
 「そうだよ。見知らぬ人とは思えないよ」
 「・・・見ても知っても、どっちでもいーじゃんか」
 「・・・たまに優しくないね」
 「たまに、海底の砂が何かにさらわれて、チリをまき散らす」
 「そうだね。砂塵が舞ってるよ」
 「海中が見えなくなる」
 「でもね、大丈夫。一時すると、何もなかったように、また静寂な海底に戻るよ。そんな時、海中の水は前よりもっとクリアになるのよ」

 「空、静かだね」
 「月が丸い」
 「十五夜は、静かなのね」
 「兎が餅ついてるのに?」
 「虫の音だけが響いてる」
 「音、聴きたい?」
 「餅つきの音?」

 「これ・・・」
 「なに?」
 「何ていう題名?」
 「月の音楽」
 「これは・・・」
 「なに?」
 「これね・・・」
 「泣いてるの?」
 「だってね・・・」
 「だって、なに?」
 「この曲を私に送ってくれるのは、一人しかいない・・・」
 「泣くなよ」
 「そっちが泣かせたくせに」
 「そうかな?」
 「今、魔法、したでしょう」
 「どうだろう?」
 「それにね・・・」
 「それに、なに?」
 「あなたは・・・」
 「ん?」
 「だれなの?」 
 「・・・不成功だった?」
 「ううん・・・大成功。すっごく愉快な気分よ」



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