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民主党政権よ おごるなかれ
牧念人 悠々
前の号の茶説「民主党政権が誕生する」(8月20日号)で民主党政権にいくつかの苦言を呈した。その政策があまりにも国民に迎合すぎる。国家ビジョンがない。靖国神社に代わる無駄な国立追悼施設の建設、国際貢献から必要な海上自衛隊のインド洋上での給油中止、「脱官僚」の愚をやめ官僚の活用などを説いた。
本誌は今年の1月10日号『茶説』ですでに「今年中に民主党政権が誕生する」と書いた。これは毎日新聞の世論調査に基づくものでその時点で民主党が自民党より13ポイントも優勢であった。その『茶説』で、恒例の日本記者クラブの「その年のアンケート調査」第一問「今年の12月1日現在の我が国の首相は誰ですか」には「小沢一郎」と書くと記した。実際に締切日までに提出した「アンケート表」には名前を「鳩山由紀夫」とした。この設問にはこれまで当たったことがなかった。初めて正解である。1月中旬ごろ開いた毎日新聞の仲間たちの新年宴会で政治評論家、岩見隆夫君が「消去法でやってみると鳩山由紀夫となるのだよ」と教えてくれたからである。岩見隆夫君は月刊「文芸春秋」にも日本で最も強力な内閣の顔ぶれの中で内閣総理大臣にただ一人だけ「鳩山由紀夫」を挙げていた。
民主党政権誕生で私と同じような心配を抱く人たちがいる。知人田辺敬三さんから手紙が届いた(8月28日)。それによると、政治評論家森田実さん、地元の2人の政治家と会食した際。民主党圧勝は日本の将来にとって憂慮すべき実態ということで意見が一致したという。森田実さんは3つの心配事をあげる。その一つは、民主党の霞が関解体論である。これを実行すると「政」と「官」の紛争が起き行政が停滞する恐れがある。私もそう思う。「事務次官会議」も廃止すると言っている。必要なものと無駄な物の区別をはっきりつけよ。この会議は横の連絡、情報交換、各省にまたがる問題、取り組まなければならない緊急課題などが分かり、必要なものである。二つ目は経済対策、景気対策がないことである。これは自民党も指摘しているところでもある。初めて政権を取るのだから経済政策・景気政策を立案した者がいない。当面は自民党の建てた政策を継続するほかないであろう。それを中止なり廃止しては国の経済が行きづまってしまう。ここでも経済官僚の知恵を借りねばならない。三つ目はムダ排除の行き過ぎである。無駄の効用をご存じないと見える。この世には一見無駄と思えるものがいくつも存在する。その無駄が「緩衝地帯」となり「間」となり「余裕」となる。
鳩山由紀夫の弟、鳩山邦夫は兄由紀夫評についてこう言っている。「ズルい人ですから,今でも政界遊泳術という点では日本一のスイマーでしょう。最後の自分がうまくのぼりつめられるように、すべて計算して生きてきたという感じがします」(月刊「文芸春秋」8月号)さて、首相となって、これまでの計算のように行くのか、疑問に思う。民主党自体「自衛隊廃止」論者から「改憲」派まで幅広い人材を抱える。それに国民新党、社民党と連立を組む。前途多難である。
自民党の55年体制が崩れたのは1993年(平成5年)である。8月9日、日本新党の細川護煕内閣が生まれ、38年間政権の座にあった自民党が初めて野党となった。この時の与党は日本社会党、公明党、新生党、日本新党、民社党、新党さきがけ、社会民主連合、民主改革連合である。在位期間263日。次いで新生党の羽田孜内閣が1994年4月28日成立する。在位わずか64日で「予算管理内閣」であった。与党は新生党、公明党、日本新党、民社党、自由党、改革の会である。1994年6月30日社会党の村山富市内閣が成立する。自民党が政権へ復帰する。与党は自民党、社会党、新党さきがけである。橋本竜太郎内閣が成立する1995年8月8日まで561日間在位する。こう見てくると連立政権の運営は容易ではない。内閣と各与党の実力者との意思疎通がうまくゆかず、政策に対する見解の相違や感情的対立を起こるからである。
「民主主義とは政権を交代させること」であるという。その意味では初めて二大政党の政権交代である。祖父鳩山一郎が打ち立てた55年体制を孫の鳩山由紀夫が打ち破るのは暦史が織りなす皮肉である。有権者下した審判を受けとめるが、これから予想される日本の混迷と混乱を将来への飛躍のもとにするため民主党には厳しくもの申してゆきたい。
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