花ある風景(333)
並木 徹
浮世をば 憂しともいはで 行く牛の愛(う)し
今年は私の年である。誕生日が来れば84歳である。目標の120歳まであと36年である。年と共にこの豪語は次第に目標を下方修正しつつある。自分の寿命は天が定めたものと思いあきらめる。万が一の時は延命措置をとるつもりはない。生涯ジャーナリストとして尽くしたい。心境的に言えば「悠々と白雲ふたつ秋の暮れ」「彼の人の便り途絶えぬ冬の鳥」というところか。
昨年、最後の14中隊会の座間での開催、朝霞の自衛隊にある振武台記念館の見学などお世話になった同期生山内長昌君から暮れの会合が終わった後「平成己丑最旦戯語」をいただいた。なかなか味がある。
「夏の日を 首を振り振り 牛の行く」(これはむかしむかし街道などで日常的に見られた風景)
「フラッシュに 首を振り振り 小沢言ふ」(こっちはこの頃三日と置かずTVに登場する大人(うし))
「浮世をば 憂しともいはで 行く牛の愛(う)し」(年男の身贔屓からの句カナ)
「ほこり道 涎くの字に どこまでも」(土埃の溜まる道なんてもう無い 自動車やオートバイの疾走するご時世だもの埃も溜っちゃいられない)
この正月オーストラリア・シドニーに住む商社マンの息子さんのところで奥さんともども過している霜田昭治君は、今年の私のサイドワークのテーマが「大正時代」と知って暮れに手紙をくれた。その手紙によると、新渡戸稲造と野村胡堂は同じ岩手県出身で胡堂が一高に入学した2年後に一高の校長になっている。「銭形平次捕物控」の「平次」は新渡戸の説く「平民道」に由来する。詳しいことは平凡社新書・太田愛人著「武士道を読む」をご覧くださいなどそのほか貴重な指摘をしてくれた。広瀬秀雄君からも田所泉著「大正天皇と文学」(風涛社)という古本を見つけたからと送ってくれた。乃木希典大将を偲ぶ大正天皇の漢詩があったので早速書きとどめた。有り難いことである。本や資料・雑誌を読めば読むほど「大正時代」が面白く、興味がわいてきた。それと共にどうやって「大正時代」を浮き彫りにするかその料理の仕方の難しさを感じる。所詮、私流に独断と偏見で斬るほかあるまい。いくら独断と偏見と言ってもひとつの手がかりとしたのが丸山真男さんの著書「日本の思想」(岩波新書1961年11月20日第1刷発行)である。大正時代に焦点を合わせながら起きた問題とその特質はどこにあり、何に由来するものなのか、庶民生活に時代の風潮がどのように入り込み、時代の風潮との相互関係はどうなっているのかを多少とも頭の中に入れて論を進めたいと考えている。
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