2007年(平成19年)3月10号

No.353

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花ある風景(268)

並木 徹

澤地さんの「発信する声」

  澤地久枝さんの著書「発信する声」(かもがわ出版)を頂いた。2000年10月に出した「私のかかげる小さな旗」(講談社)と同じく澤地さんの覚悟のほどをみた。俳句にのめりこんでいる私は反戦川柳作家、鶴彬(喜多一二)の事績に興味を持つ。これまでにも澤地さんの本にふれられている。鶴彬は15歳で川柳を始め、治安維持法違反で身柄拘留のまま赤痢で1938年9月14日この世を去る。29歳であった。澤地さんは命尾小太郎さん(一叩人)が手づくりで出した「鶴彬全集」(たいまつ社版・1977年刊・絶版)を改訂・増補して鶴彬没後60年の命日に当たる1998年9月14日、復刻版・私家版限定500部を出版する。大変な苦労をされたと思う。
 澤地さんは鶴彬の15歳の作品から拘留のまま死ぬまでの作品を克明に追う。「北国新聞」の「北国柳壇」(窪田銀波楼選)に3句掲載される(1924年10月25日夕刊)。
 静な夜口笛の消えたる淋しさ
 燐寸の棒の燃焼にも似た生命
 皺に宿る淋しい影よ母よ
(この時母は42歳、夫と死別して8年たつ。織物 工場の女工として働く。3男3女の兄弟のうち次男の一二は本家の喜多へ養子に出る)ほかに母を詠んだ句が二つある。
 飯粒を戴いて拾ふ我が母  (大正13年)
 可憐なる母は私を生みました(大正14年)
大正15年養家先が不況のあおりで鶴彬は大阪へ働きに出る。大阪から「北国新聞」へ投稿する(大正15年11月3日夕刊)。
 空澄み渡る腹は減る減る
 松明を捨てて懐疑の群に入る
 人生の糸巻しかと手に握り
(このころマルクスを学んでくれと友人から示唆される。彼が次第に変わってゆく様子がうかがえる)
 釈尊の手をマルクスはかけめぐり(大正15年)
 踏みたるは釈尊とは知らず蟻の死よ
 マルクスの銅像の立つ日は何時ぞ
 都会から帰る女工と見れば病む
 高く積む資本に迫る蟻となれ (以上昭和2年)
昭和3年、郷里、石川県河北郡高松町の高松プロレタリア川柳研究会の中心メンバーとなる。19歳の時である。4月8日付け「北国新聞」夕刊に「いまや芸術は特殊階級の遊戯的所産ではない」と書き、4句を発表する。
 仏像の封印切れば犬の骨
 遂にストライキ踏みにじる兵隊である
 ロボットをふやし全部をかく首する
 人見ずや奴隷のミイラ舌なきを
集会の翌日研究会の全員が検挙、家宅捜索を受ける。
 新興町人階級の風刺と抵抗の表現として生まれた川柳は、堕落と改革・再生の歴史を繰り返してきた。既存の川柳に飽き足りない鶴彬は師匠挌の先輩たちに朝鮮を繰り返しあるべき川柳を説きつづけると澤地さんは解説する。
 屍みなパンをくれよと手をひろげ
 槌と鎌くまれてパンの山動く
 退けば飢ゆるばかりなり前へ出る
昭和4年6月1日発行「川柳人」200号に「川柳座談会」がのっている。井上剣花坊が同人一人一人に「今後進むべき句境」を問うた。
 団結の果てに俺いらの春の春
 検束しても亦組む腕と腕
 大衆の怒涛死刑を乗り越える
 出征のあとに食えない老夫婦(昭和4年「川柳人」)
 昭和5年1月10日、喜多一二は金沢9師団歩兵7連隊に入隊する。「日本憲兵正史」によれば、喜多は7連隊で無産青年読書会を企画し懲役3年の刑に処せられたとある(本書は懲役2年)。
自由の身になるのは昭和9年早々から。3行書きの試み、定型率にとらわれない大胆な自由律川柳の発表をする。
最後に活字になった川柳は昭和12年11月15日刊「川柳人」にある。
 高粱の実りへ戦争と靴の鋲
 屍のゐないニュース映画で勇ましい
 出征の門標があってがらんどうの小店
 万歳とあげて行った手を大陸へおいてきた
 手と足をもいだ丸太にしてかえし
 胎内の動き知るころ骨がつき
昭和12年12月3日、東京野方署に検挙、翌13年8月留置場で赤痢の悪化で奥多摩病院へ入院、衰弱の果てに絶命した。9月14日であった。
鶴彬の面倒を見た井上剣花楼(昭和9年9月11日死去)は「黎明の大気の中にひらく花」を残す。鶴彬をたたえたものである。鶴彬は「日本中が一つの流になってゆくとき、その現状を否認し妥協を退けた」男であった。一つの武器であった川柳に己の信じる道を「時代にやぶれ、食ふことすら難しい体を鞭打って」貫き通した。鶴彬を通じて澤地さんは「二度と戦争の道を行くな」と訴える。

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