1998年(平成10年)6月20日(旬刊)

No.43

銀座一丁目新聞

 

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ゴン太の日記帳 (9)

目黒 ゴン太

 毎晩、毎晩、夜更かしの日々が続く。自分以外にもたくさんの人々が、そうである様にフランスので行われているW杯を、夜遅くまで見てしまうのだ。

 今回のW杯は、今までW杯とは違う感覚で見れる。なぜなら、日本が出場しているのだ。小学生の頃、W杯を始めてTVで見て、そのプレーと盛り上がり方の異常さに驚き、その中でも強かったアルゼンチンに憧れ、彼らの着ていたユニホームの柄、水色と白の縦縞のストライブを、自分達のサッカーチームのユニホームに真似て着ていた。予選リーグの第一戦、日本がそのアルゼンチンと並んでピッチに出てきた時は、TVの前で見ていて鳥肌がしばらく立ちっぱなしだった。

 W杯という世界中が見る大舞台に、初出場を果たした日本だが、その分に我々国民の関心も急速に高まっている様だ。TVで見た第一戦で、とても目立った応援は、遠路はるばる渡った日本人の大勢のサポーターであったし、TVや新聞等の取り扱い方も並大抵のものではない。そして、その関心の高まりと同時に、期待も日々大きくなっている様に見える。

 日本代表に期待するのは良いことに思う。自分も日本の試合は、予選の段階からずっとTVの前で応援し続け、勝つことを期待してきた。しかし、期待と感心が高まるに連れ、それらが、少々行き過ぎなものがある。例えば、数週間前、監督が選手の選出をした際に監督の家に抗議の電話が殺到したことや、それを伝える報道の中で、監督自身の人格批判までしたもの等である。又、あるコメンテーターが代表選手に言った、「私達は、彼らを日本の代表として送り出した訳だから、頑張ってもらわなければ困る。」これらの行動や報道は、何なのだろうか?何様のつもりだとでも言いたくなる。

 W杯の関心が非常に高いだけに、どこも同じようにW杯の報道に走っている中だからと言い、W杯関連のネタならなんでもnewsになってしまう上に、他との競争のため、より過激に批判するスタンスを取るうとする風潮があると思う。又、それを見た人々が、過剰な反応を示すことのなったりする引き金になったりしている。既に、代表として行った選手、監督は、これだけの関心の高さと大舞台でのプレッシャーを抱えている者に追い打ちをかける必要もないはずであるし、一億総サポーター等として銘打って応援するならば、まともな報道の仕方を考えるべきに思う。自分は「頑張れ」等で軽々しく、命令っぽく言えないので、彼らがただただ良い試合をすることを願って応援するのみだ。だって本当に出場するだけでも、ものすごいことなのだから……。

 

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