2006年(平成18年)9月1日号

No.334

銀座一丁目新聞

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自省抄(59)

池上三重子

  4月18日(旧暦3月21日)火曜日 晴れ

 夢のような妙子先輩の死、ほんとうに正にゆめのような死ではないか。夢といえば夢よ。現は無常、ひととき
のとどこおりもなく刻々に過ぎに過ぎ、逝きに逝くもの、不思議な世のなか。
 母は言っていた。
「尾頭(びと)さんの祭文(なにわ節)の始まりゃ、生者必滅 会者定離じゃった。生きとるもんながっせ(生
きているものは一切合財)死んと決まっとる」
「おかあさん、死んだ先にゃ冥土のほんなこてあろうかのう? ある筈はなかよのう!」「あるか無かか行たて
みにゃ判らん」
 実家の二階で療養中のひとときの会話が思い出される。
 母にとって神は絶対の存在であった。
 母の聡明なあの透明感をどうして讃えてあげなかったかが、慚愧よ! 慚愧よ! かなしみよ。
 大久保オシズ先生から、越後の笹団子を頂いた。新潟へ行かれたのだろうか。ありがたいなぁ。さっそく勤務
者七名さんにご披露。桜団子もよ、これは初めてのもの。
 母上よ、あなたに食べて頂きたかった。
 あなたは「貰ろたもんな披露せろ、ち言われて育った」と、分けあうことを「一つのもんな半分しても」とお
しえてくれた。私はお母さんのように聡明ではなく、透明感も限定的。でも、お母さん。お母さんの在世中に今
の私でありえたら、どんなに喜んでもらえたでしょう……悔いです、慚愧です。頭垂れてお母さん、あなたに詫
びます。不肖蒙昧を恥じつつ、お恕しを請います。

 白洲正子さんの著書で存じ上げる事になった明恵上人は正に釈尊の遺児・愛児と上人ご自身がおっしゃる通り
のすばらしい、美しい天才だ。この「天才」とは白洲さんの表現の拝借であって、私は「正に正に無類のお方よ
!」と傾倒したのだが、天才とは思い浮かばなかった。明恵上人のお言葉のうれしさ忝なさ。本当に無私無心の
お方だった。
 白洲さんのお陰で明恵上人に遭遇できた倖だ。
 明恵上人は八歳のとき母上に永別、その年、父上の戦いによる死。上人の母恋慕の御情は深い。
  仏眼仏母 母御前 愛愍我 生々世々 不暫離
 と書いて「仏眼仏母像」を拝されました。私には能くよく判ります、うなずけます。私も書物のその御像に瞑
目して頭を垂れます。蓮華座に座位、両のお手を胎にあてそこから仏をお生みになるそうです。また、
  南無同所別所住持仏法僧三宝
 と、上人ご自筆の精魂こもる雄渾な御揮毫には、私のような蒙昧人間にもうちひびいてくる凄さです。上人は
正に釈尊の愛児=遺児だったのですね。
 弟子を持たれなかった。それが門前に立って動かなかったりの熱意の志願者が五十人にもなって、とうとう四
、五人をつれて更に山奥へと引きこもられた。
 法灯は絶えている。
 しかし高山寺界隈では、明恵上人は「明恵はん」と親しみこめて、寺の跡や御墓所である五輪の塔へ案内する
という、研究者兼信仰者がおられたらしい。白洲正子さん在世中のこと、つまり『明恵上人』を書いている中で
お知りになるのだが。
 十二年前の新潮社発刊によるこの書物にあえてよかった。ほんとうに嬉しい。
 
 早や早や六時前五分。
 北原和子さんと塚本桂子さん来室。
 今年も筍の季節到来! 和ちゃんが、それはそれは美味しく炊いてきてくれた。「下さった」というべきだが
、教え子さんゆえ恕してもらおう。出しは昆布と削り節と、みずから昔風に削っての鰹節という。これだけの旨
味を付けるには年季が要ろう。
 ありがたい事よ。正に筍の筍たるなつかしい風味よ。忝なし、ありがたし。
 母上よ!
 今日も至福の時々刻々をすごすことができました。天と地と人に感謝をささげうるこの倖以上の倖がありまし
ょうか。
 明恵上人を偲い、人々のこころあたたかさをおもい、ほんとうに佳き一日でした。
 中島智香喜氏いただきの、祐徳院詣りのおみやげの封を解いてもらい を二人に分けてもらい、鶴岡夫妻いた
だきの越山餠も接待できてうれしいです。
 生きていてよかったです。
 無私の明恵上人にお目もじできてよかったです。
 無私・透明感! それは母上の代名詞です。私は芯は純粋にして無雑。しかし、見栄が嘘をつかせました。そ
の意味で人を騙しもしました。しかし他を傷つけたり中傷したりは全然なしですからご安心下さいね。
 和ちゃん、筍をありがとう。
 欠食児みたいに食べましたねぇ。
 桂ちゃんはいつも食介役をしてくれますねぇ。
 オシズ先生ありがとうございました。お志みごとにご披露できました。みなさんに喜んで頂きました。
 母上よ!
 今日も佳き日の賜りでした。
 じゃあ、夢見にお待ちいたしますからね。



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