2006年(平成18年)9月1日号

No.334

銀座一丁目新聞

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花ある風景(248)

並木 徹

「今すべきことを今、全力でなせ」

  井上ひさし作・鵜山仁演出・宇野誠一郎音楽・こまつ座の「紙屋町さくらホテル」を見る(8月20日・紀伊国屋ホール)。前回この芝居を見たのは2003年12月である(2003年12月10日号『安全地帯』参照)。見るたびに感じ方が違う。こんどは言語学者、大島輝彦(久保酎吉)の存在が気になる。どんな人物かというと、特高刑事役の戸倉八郎(大原康裕)の言葉を借りれば、「明治大学助教授。言語学専攻、昭和13年、スイス・ジュネーヴ大学から文学博士号を与えられる。博士論文の題名は『オペラのテノール歌手はなぜ給料が高いか』である」丸山定夫(木場勝己)に発声や音程の練習に何かよい練習法がないかと問われてマヌエル・ガルシアの練習曲13番の一の旋律で「ドミレファ、ミソファラソー、ソラファソミフアァレミドー」を進める。歌いやすく効果絶大という。パリ音楽院の有名な声楽教師ガルシアの練習曲である。腹痛の妙薬越中富山反魂丹売りの古橋健吉に化けている海軍大将、長谷川清(辻萬長)同様『号令調整』や『軍歌」が発声法と心得ている私などにはこの練習法は難しい。舌が縺れる。大島助教授が語る「N音の法則」は面白い。「ノー」、「ノン」、「ニエット」、「ニャ―(広島弁の無い)」など否定の音にはN音が使われていることが多い。しかもそれは世界的な傾向である。この法則はマニラ沖でアメリカ空母と体当たりした学生の発見であるという。大島のセリフが凄い「否定や拒否の態度を表そうとするするとき、そのときに限って、奇妙なことに一致してN音を使う。逆にいうと、否定と拒否の態度を忘れたとき、人間は人間でなくなるのではないか・・・」ということは、否定や拒否をしない日本人が多くなった昨今、日本人は人間ではないということになる。
 大島助教授は特攻戦死した学生が両親に宛てた最後の手紙を読み上げる。はじめはご両親様、次いでお父さん、お母さん、そしておとん、おかんになる。何か言うてくれんさいと訴える。「これは殺される寸前、両親に向って助けを求める子供の叫びです。子供達にこんな目に合わせてまで、守らねばならぬ大義が国家にあるのですか」と大島は問う。長谷川は「・・・わかりません」と答える。「昭和天皇独白録」(文芸春秋)によると、昭和天皇がその顔を和平にしっかりと向けたのは、昭和20年6月中旬であった。12日査察官として3ヶ月 にわたって第一線を巡察した長谷川の、絶望的な報告を聞いたとある。大島は教え子の遺書を読み終えて「今すべきことを、今、全力で行え、それが明日終わるかもしれない自分の人生の本当の意味だ」と悟る。
 このお芝居は戦争中、広島で演劇活動し原爆の犠牲となった移動演劇隊「櫻隊」の昭和20年5月15日(火曜日)午後6時からから17日(木曜日)午後9時までを描く。前回のプログラムには「人類史はヒロシマ、ナガサキで折り返し点にさしかかったのです」という井上さんの言葉があった。その折り返し点から61年、今自分のなすべきことは何か。ジャーナリストの私には書く以外の事はない。覚悟は決めている。

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