2006年(平成18年)8月10日号

No.332

銀座一丁目新聞

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花ある風景(246)

並木 徹

「親がなくとも子は育つ」

  日本の父親が平日に子供と過ごす平均時間は3.1時間で6ヶ国中韓国の2.8時間についで2番目に低かったという。国立女性教育会館が6ヶ国を対象にした『家庭教育に関する国際比較調査』である。さらに食事を世話する父親の割合も10.1パーセントで各国の中で最も低い数字である。この調査から日本の父親よ、もっと家事や育児に励みなさいといいたいのであろう。
 親子のあり方は国によってまちまちだし、国内でも千差万別である。「親がなくても子は育つ」という古い諺があるように親と子の過ごす時間はあまり関係がない。私の場合をみると、二人の子供が0歳から12歳の頃といえば、昭和27年から42年で、仕事は警視庁クラブ詰め、遊軍、警視庁クラブキャップ。社会部デスク、サンデー毎日デスクで事件・企画に追われ、家に帰るのは午前様で日曜土曜は休みがなかった。それでも子供はぐれなかった。母親がしっかりしていたからである。親子の間柄を規定する必要はない。それぞれが 信念を持って子育てをやればよい。これといった画一的なものはないほうがよい。成人した二人を見てみると長男は私を反面教師として『子煩悩な家庭的な』親となった。長女は私に似て自由な生き方をしている。努力家であるのは隔世遺伝であろうか。私自身は生まれた時、産婆さんが『この子は毛深いので情け深い子になるから大事に育てなさい』と母親にいったということを聞いて母親が大切に私を育ててくれたと信じ込んでいるので真面目に生きてきたつもりである。母親が歌ってくれた「江戸子守唄」を諳んじているところをみると赤ん坊の時母親の愛情に包まれていたことがわかる。少年期を大陸で育っているのも性格上プラスに作用しているかもしれない。
 貝原益軒は「養生訓」で「小児をそだつるは三分の飢と寒とを存すべし」といっている。育児は食事を控えめにして厚着をさせぬが良いという。暖衣飽食は駄目だといっているのだ。「貧家の子は衣食ともしきゆえ、無病にて命ながし」ともいっている。格差社会などと嘆き事はない。寝るところがあって三度の食事ができればよい。今の現状に「母親に育児の責任と負担が集中しており少子化が直結する問題」と指摘する識者がいるが、昔は母親はもっと多忙であったのに5人、6人と子沢山だったのが当たり前であった。「父親不在」をあまり強調するな。

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