2006年(平成18年)4月10日号

No.320

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自省抄(55)

池上三重子

 2月13日(旧暦1月16日)月曜日 

 妙子先生、ショート・ステイ利用だそうで昨日ご来室。先刻まで傍にいらっしゃった。あんなに大柄で容姿端麗だった往年を知るゆえに感慨を催すのだが、それはお互いの事。一従姉の先生に似ても似つかぬ「お多福かんばせ」ながら、容赦なくおとずれている老いが痛ましくうつるのは、どうしようもない。
 娘盛りの先生を少女私は初めて見るなり驚きの目を瞠った。本当に忘れがたい輝くような印象で、母に「塗り満てたごたる人じゃった」と報告したものだ。
 お世話になった。
 旦那様の没後のおひとり身を頼もしびとに、母重症の折は交替でユリ先生ともども付き添いをお願いした。私の熊本での白内障手術も、宿泊五日間を全介護してくださった。
 先回のショートでは、ここはご馳走があるとか、おいしいとかが話題だったが、二回目となると芯は隠しようなく、愚痴がついついの迸り。先生には随分お世話かけてきた、大恩のお方よとこころのささやきを聞きながらも、耳を塞ぎたくなるのだ。寂しい寂しいが聴きつつの感慨。
 脳梗塞が先生の矜持を奪った。そして、馴れは疾病による症状をあらわにした。愚痴の連発は相手私に対する思いやりの情を、惻隠の心を失わせてしまったかに見える。寂しくてならぬ。先生の現状は明日のわが身、もしくは今日にもおとずれるかも知れないのである。
 人生だ、これが人間の生のありようなのだ。
「愚痴を聞いてあげるくらい何のことよ」と思いつつ、朝早々からの聴き手になりたくないと拒否の心象がむらむらと胸処を占める情けなさ。薄情な私に呆れ憤る矛盾よ。
 昨夜半、母の夢を見る。「あらお母さん、来とらしゃったの」と歓びの余り声上げた拍子に目覚めて夢と知った。享けた恩を返し得なかった悔いが夢見となったのだ。
 妙子先生に対する恩義のかずかずを身の芯に刻んでいながら、現状の先生にがっかりし忌避したがっている自身に、隆昭の言う私の「人道主義」なるものが嫌悪するから苛々を惹起するらしい。
 私よ!
 心篤くあれ
 優しくあれ
 ひとそれぞれに応じて篤くあれ、優しくあれ、と願望するのだ。
 先生の口洩れる愚痴も慨きも疾病がもたらしたもの。
 老いは寂しい。侘しくもある、虚しさはむろん。が、自然の摂理であり不偏の現象、それでいいのだ。納得しなければならぬ。しなければならぬ、という説得の必要がなくなる時が本ものの老いの境地か。その時分は老いが痴呆の域に脚を踏み入れてもいようか。
 受容すべき老いは、受容したとき老いになりきっている!? とすれば、その前途はひたすらの老い。専らの老いの謂で呆けているだろう。

 只今、坂井満子さんが礼子先生をお訪ねして来たと立ち寄る。満子さんは礼子先生ご夫妻に小学校で教えを受けたことや、優しい愛情を別け隔てなく与えられたことが忘れられず、その恩義を篤い心情で温めつづけている生真面目な純な芯の持ち主。今もお地蔵さんのお接待に、近隣の奥さんたちに小豆飯や煮染めや漬物などをふるまいつづけている欲得はなれ得る稀な一人なのだ。
 私にもお福分けを用意して立ち寄ってくれた。小豆ご飯と白菜のお漬物。白菜と白菜の間に昆布をはさんだという手をかけたものだけに、漬物大好きにんげんに歓びをプレゼントしてくれたのである。
 篤い志ありがとう。

 今日も母上よ、六時前五分になりました。
 妙子先生の慨きと諦めに心澄ませない人の世、人それぞれの生をおもわざるを得ませんでした。弱肉強食は若い世代にも老いの世代にもあるものながら、やはり老いは若きがいたわり慰めを忘れたくないものですね。
 しかし私は三十代初めに身不自由到来。歳月は私の小胆小心をいくらかは鍛えてくれたようで、いたわりを犒(ねぎら)いをその心情を濃くしてくれたように思いますよ。
 母上よ。
 こうして不幸の事々、件々をよぎらせながらお詫びしつつ、来世あらば、が擡げます。かなわぬ願望とわかっていても尚々の湧出です。
 妙子先生はぐっすりお睡りになれましょう。先刻、かたわらにいらっしゃる折も、ふらりふらりの居眠り、さながらの極楽がそうしてすでに先輩の老いをいたわり、慰藉しているのですね。
それは倖せ、瑞証よ。寂しいけれど、悲しくもなるけれど天与の賜物にほかならぬ。私も安心してラジオを聞き、十二時すぎには、或は二時半頃には眠りが来ましょう。就寝の用意は十時が例ですが、その後の長々しさはやはり記憶から引っぱり出しつつ埋める努力もすることでしょう。眠る眠る、と自己暗示をかけつつ寝入るでしょう。お任せの誘眠、おまかせの眠りです。妙子先生のお歳を待つまでもなく、ひとしく人におとずれる現実かも。それもよし、です。
 神は平等ですねぇ。あめつちみよの恵与、ですねぇ。
 夢見にお待ち申しつつ。



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