2006年(平成18年)2月1日号

No.313

銀座一丁目新聞

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花ある風景(227)

並木 徹

疑問が湧いたら止まれ

 井上ひさし原作・鵜山仁演出・こまつ座の「兄おとうと」を見る(1月20日・東京・新宿・紀伊国屋ホール)。2003年5月にみた時「三度のごはん/きちんとたべて/火の用心 元気で 生きよう/きっとね」に新鮮な驚きを感じた。お芝居の主人公は民本主義を唱えた吉野作造(辻萬長)と高級官僚の弟信次(大鷹明良)の二人だが、こんどはお手伝いさんを始め5役を演じた宮地雅子が印象に残る。とりわけ新しく設けられた夫婦の説教強盗の女房役の真に迫った所作が目に付いた。お芝居とは不思議なものである。前回何気なく見落としていたものが今度はよく見える。お手伝いの大川勝江、魚工場の一番の働き手高梨千代、袁世凱の18番目の娘袁美琴、大連のお春とそれぞれに達者な演技をみせた。兄弟の恩賜の銀時計を盗んだ千代の吉野信次にむかっていうセリフ「・・・・なぜでございますか。勉強したい子ガ中学へ上がれないには、なぜでございますか・・・・」。それにしても作造のいう「なぜにぶつかったら、そこで立ち止まって考える。これしか人間の生き方はないのかもしれない」・・・いい言葉である。井上さんの芸は細かい。作造の明治37年の銀時計はスイス製であるのに信次の大正2年の銀時計は国産なのである。時代の違いをちゃんと示す。夫婦の説教強盗は大正15年末から昭和4年にかけて出没した説教強盗がヒントであろう(昭和4年2月犯人逮捕)。このとき戸締りの説教から講談まで聞かせた強盗まで現れた。お芝居では財布の隠し方、キャベツの刻むときの秘訣まで教える。亭主は左官屋で株式会社にして失敗、4人の子供を抱えて気丈な奥さんが 説教強盗を企てる。帰るとき怪しまれないため納豆売りに化ける。「おカネふやす秘策/クジに当たる秘伝/痴漢などを投げる秘術 いますぐに/押し入って/お教えください」現代の世相を反映する文句である。
 吉野玉乃(剣幸)、吉野君代(神野三鈴)の姉妹が歌う「へそくりソング」は身につまされる。「かれこれ十何年/一日十銭/時には一円/せっせとためる」貯金の原則である。男にはこれが出来ない。あればあるだけ使ってしまう。二人ともユーモラスな賢婦人ぶりであった。
 憲法改正、増税、消費税の値上げの現実の前に、作造のいう「『三度のごはん きちんとたべて』・・・みんなの願いは生活保障にあるんだねぇ」のセリフは我々に重くのしかかる。

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