2006年(平成18年)2月1日号

No.313

銀座一丁目新聞

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北海道物語
(28)

「旭川冬まつり」

−宮崎 徹−

  日本全国が歴史的な大雪に埋もれる感がある此の冬は、北海道の様な寒冷地には出かける気がしないという声もあろうが、世界自然遺産として指定を受けた知床半島は大変人気が有り、旭川や女満別の空港を利用する人も多い。特に東南アジアや中国の人の中には雪の積ってる場所に立ち、或いは降ってくる雪を掌に受けることに感激する人がかなり多いようである。
 昭和25年。札幌の中学・高校の生徒が大通公園に大きな雪だるまを六体作ったのが、北海道の名物となった札幌雪まつりの始めと云われている。雪害を克服して、克雪から親雪、利雪に進む道内の雪対策の先鞭を切ったのは矢張り札幌だけのことは あり、規模の大小を問わず、先ず子供達の冬の憩いの場所造りにつながったと思われる。
 同じ年の昭和25年は北朝鮮の軍隊が38度線を越えて韓国に南下し、本道に駐在していた米軍の要請で、札幌−千歳間の通称弾丸道路が政府予算の終戦処理費の枠で作られ、余談だが日本の道路舗装をコンクリートからアスファルトに変えたのは此のお蔭と云われる。北海道の雪まつりが現在の様に盛況になったのは
(1) 雪が豊富に有り。
(2) 自衛隊という築城訓練が出来る組織が近くに居て大型の雪像が造れる。
(3) 空港に近くて本州からの観光客を呼び込める。
という最小限三つの条件によってであり、これが札幌雪まつりを成功させたと私は思っているが、昭和25年以降次第にこの三つの条件が揃うようになってきたようだ。
 その頃長野とか新潟で行われる雪像まつりは、戦前からの雪だるまを大きくした形式のものが多く、或いは東北の”かまくら”のようなものだった。
 札幌の雪まつりは、大通公園を主会場として、其の一帯に大雪群像が建造された。自衛隊の技術力で作る巨大な雪像を中心として、札幌の企業や本州の出先機関がスポンサーとなって造る雪像群は他の地方の雪まつりに比べると今までにない巨大なもので、最初から各方面から注目された。そしてやがて、TVの放送がはじまるとこの雪像は全国で有名に成り、観光客が訪れるようになった。スキー客以外は注目度の低かった冬の北海道は、此の札幌雪まつりが、海外からの観光団も加わって、経済効果の大きい冬の風物詩と成ったのである。市民の為には眞駒内にある自衛隊の駐屯地も開放して第二会場をつくり、大通公園の第一会場と共に大いに賑わった。ただこの第二会場は残念ながら今年から廃止になる。
 道民も、一度は札幌の雪まつりをと、冬の札幌に出掛けたが、旭川市民からも地元で雪まつりをやろうという希望が出て、昭和35年から始まった。札幌のように広い面積の公園を持たない旭川では、商工会議所の隣にある常磐公園を会場として 、雪像と、旭川の寒さで可能になる氷像と、公園内の樹木のイルミネーションと合わせて特色のある冬まつりを開催した。そして札幌の例にならい、自衛隊の雪像造りを第二師団に懇請。これが昭和42年から可能になると、会場は狭くなっ たので、昭和61年から隣の石狩川河川敷地に移動して規模は更に大きくなった。
 今年の冬まつりは2月8日から12日まで行われる。石狩川の河川敷を利用した大雪像会場と、買物公園を中心とした氷彫刻世界大会と、公園内の樹木を布で包み、ライトアップで変化を見せる雪あかり、の三つが大きなテーマである。
 私たちも青春時代は此の運営に参画して、最初は市民や周辺道民が冬を積極的に楽しむという、住民の為の親雪を目標としていた。規模が大きく成り、道外からの注目度 が高まると、それが観光客を呼び、地域の経済にも大きく貢献するようになっている。
 前述したように、雪が有り、自衛隊の協力が得られ、航空路の便が有って、本州のみならず今後は雪の降る光景に感激する東南アジア・中韓国の人達との交流も期待できる街は、北海道でも数が少ない。旭川はその点恵まれているわけだ。
 石狩川河川敷地に雪像の場が変わってから、公園の樹木に捉われないで、広く大きな雪像が創れるように成った。札幌の雪まつりの主会場の大通公園は、明治の始め火事の心配の有る札幌の防火帯として、広い巾の通りを造 った。今日の札幌の中心だが、其の下を地下鉄が利用するように成って、大通に建てる雪像には重量の制限があるようだ。旭川の雪像は公園時代は地下の配線の制約があったが、石狩河畔に変わってから制限が無い為、平成6年に作られた大雪像「水原城(水原は旭川の友好都市)」はギネスブックに載ったと市民は自慢している。札幌では旭川の雪像は重厚長大だが、巧緻では札幌に及ばないと云っていると自慢しているようだ。
 昨、一昨年第二師団はイラク派遣の魁となったが、メイン雪像作成のほか、サブ雪像その他は、基礎作りをして仕上げには市民が参加するかたちで建造されている。骨組みを一切使わず、雪だけで巨大な雪像を造る築城のノウハウを若い市民達が習得して、自衛隊の協力が得られないような事態になっても札幌に負けない冬まつりに発展させ 、永続されるようにしたいものである。

 ※「旭川冬まつり」のサイト
  http://www.ccia.or.jp/event/winter/

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