2005年(平成17年)12月1日号

No.307

銀座一丁目新聞

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競馬徒然草(64)

―オースミハルカの大逃げ― 

 第30回エリザベス女王杯(05年11月13日、京都・芝2200)は、オースミハルカ(牝5・川島騎手)の大逃げで始まった。1枠1番の好枠の利を活かしてスタートよく飛び出すと、後続の馬群を引き離して逃げた。  後続集団は追いかけない。無理に追いかけては後半の脚を失うので、スピードを抑えていく。
 人気馬は、いずれも差し・追い込み馬。どこで仕掛けていくか。判断を誤れば届かない。果たして届くのか。それがレースの1つの焦点になった。逃げ馬がペースをリードするのはしばしばあることだ。しかし、大逃げを打つレースは少ない。また、差を広げて逃げたところで直線で掴まり、後続馬群に沈むケースが殆どだ。だが、この日のオースミハルカの逃げ脚は快調で、差は開くばかり。
 人気の各馬は4コーナー手前から直線に向けて仕掛けるが、馬群を捌き切れず、もたついている。そんな中でうまく外に持ち出したスィープトウショウが、追撃態勢に入る。それでも差はなお50メートルはある。ここからの逃げ・追い込みの場面は圧巻だった。1完歩ごとに差を詰める。だが、届かないと見られた。オースミハルカの逃げ残りと思ったファンも多いだろう。それをゴール前、スィープトウショウが差し切ってしまった。奇跡的と言ってもいい。スィープトウショウの上がりタイムは、18頭中最速の33秒2。爆発的な末脚だった。
 それはそれとして、惜しくも2着に屈したとはいえ、オースミハルカの果敢な大逃げは賞賛に値する。前走はGVの府中牝馬Sでヤマニンアラバスタの3着に終わっていた。それが今回は雪辱を果たした。しかし、念願のGT制覇は成らなかった。とはいえ、レースを大いに盛り上げた意味において、「エリザベス女王杯」の歴史に刻まれるべきだろう。

( 新倉 弘人)

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