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「てなもんや商社」 大竹 洋子
1998年作品/日本/カラー/ヴィスタサイズ/97分 新人監督らしい元気な作品が誕生した。松竹の社員監督、本木克英の第 1作である。原作になったのは、谷崎光のノンフィクション『中国てなもんや商社』。ひかりという名の女性主人公が、中国との貿易会社で悪戦苦闘を重ねながら、一人前の社員になってゆく物語がさらっと描かれて気持ちがよい。 1987年。ひかりは大学生活7年、入社試験22回目にして、ようやく萬福中国貿易株式会社に入社した。営業部に配属されたひかりの直接の上司は、華僑の王(ワン)課長である。商売はバトル、と断言する王さんのしごきは相当きつい。なにしろ就職はほんの腰掛けで、誰かよい結婚相手を探すための方便と心得ていたひかりにとって、これはとんだ思惑ちがいであった。しかし、4000年の歴史をもつ中国を背景にする王さんと、普通の日本の女の子ひかりの間にやがて信頼関係が生まれ、ひかりは本気になって仕事に取り組みはじめる。そしてある日、思ってもみなかった中国出張が実現する。クレジットには、中国電影合作製片公司の協力とある。中国の協力がなければ、中国でのロケは不可能なわけだが、よくも OKが出たものと感心する。商売の取引相手としての中国はかなりいい加減で、部屋には中国から届いた不良品が山積みされている。限りなくつながっているTシャツ、鉄板でできたような硬直状態のジャンパー、開かない傘、色落ちするトレーナー、加えて、竜巻が起きたから納期がまにあわないとか、背丈の2倍もあるほどの巨大な段ボールからなだれ落ちてくるズボンの大群とか、笑ってしまうような場面が続出する。だが、登場人物の一人一人が善意の持主であり、日本と中国とのくい違いを文化の違いとしてとらえ、中国悠久の歴史に学ぼうとする監督の姿勢が中国側に理解されて、協力の承諾が得られたのであろう。中国のシーンがのびのびと撮影されているのも、そのせいかもしれない。王さんに連れられ、顧客の接待もかねてはじめて足を踏み入れた中国で、ひかりはさまざまな経験をする。目玉商品の鯉のぼりのデザインの変更を要求してゆずらない中国公司の李さんは、仲々ユニークな青年である。鯉のぼりの検品をのがれようとする工場の人々から、執拗に乾杯を迫られてひかりは泥酔、気がつけばベッドの中ということもあった。しかし、ひかりは頑張り通す。そしてやっと辿り着いた地方の民家のような作業場で、鯉のぼりの検品を無事に済ませる。あれもこれも全部 OK。ところがひかりは重大なミスを発見した。鯉のぼりが口をあけて笑っているのだ。この笑い鯉のぼりは傑作である。大きな口を開いて笑っている真鯉と緋鯉が大空を泳ぐシーンはいかにも楽し気で、これから鯉のぼりは、みんな笑わせればよいのにと私は思ってしまった。“面白そうに泳いでる”と歌の詞にもあるではないか。 それから 10年が経ち、ひかりはもはや一人前の商社パーソンである。中国語を上手に話し、出張先の中国では乾杯の酒をうまくこぼし、自信をもって相手と渡り合う。中国は日々発展し、仕事はすっかり順調になってしまったから、今度は別の国と商売がしたい、と王さんはいう。だが、ひかりは自分の夢を中国に求めて、さらに前進してゆく気配である。ひかり役の小林聡美がこの作品の一番の功績者であることは、誰もが認めるところであろう。彼女の個性が作品によくマッチして、このなにがなしおかしな役を非常にうまく演じている。富山県出身で34歳になったばかりの本木監督も、ドタバタ喜劇におとしめることなく、抑制のきいた演出で爽やかな映画作りに成功している。独立プロから出発する新人監督が多い中で、大船撮影所での10年余りの下積み生活や、低予算での撮影とはいえ、やはり恵まれたデビューといえよう。 それは出演者をみても明らかで、王さん役の渡辺謙をはじめ、田中邦衛、柴俊夫、桃井かおり、波乃久里子らの、名前も顔も良く知られる俳優がそろい、スタッフもベテランたちが名を連ねている。松竹のお家芸である喜劇の伝統を、さらりと受け継ぐ本木監督の次の作品に期待しよう。 5月16日(土)より松竹セントラル2(03-5550-1631)、動物園前シネフェスタ(06-647-7188)で上映。このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。 |