2004年(平成16年)5月20日号

No.252

銀座一丁目新聞

上へ
茶説
追悼録
花ある風景
競馬徒然草
安全地帯
お耳を拝借
山と私
GINZA点描
銀座俳句道場
告知板
バックナンバー

 

追悼録(167)

三橋達也さんを偲ぶ
 

  三橋達也さんがなくなった(5月15日・享年80歳)。スポニチが主催するパーティーに良く出席して頂いた。「芸能文化人ガンクラブ」理事長として毎年開く「懇親射撃大会」でのチャリティーオークションの売上金をスポニチを通じて毎日新聞社会事業団へ寄付しつづけた。そのつどスポニチ紙上に三橋達也さんの写真が掲載された。
ある席での雑談で、父親が新聞社の広告の版下製版する会社を経営しており、三橋さんが銀座生まれで、銀座界隈を遊び場にしていたのを知った。銀座は新聞界のメッカで、東京日日新聞、朝野新聞、読売新聞、時事新報など30数社があった。なるほど三橋さんがダンデイーでキップが良く爽やかな性格であるのがうなづけた。
 三橋さんは川島雄三監督の映画に数多く出ている。松竹から日活に移るとき(昭和29年暮れ)三橋さんは川島監督に飲み屋で土下座され「おまはんが来てくれないとオレは写真がとれないンだよ」とまでいわれている。大スター石原裕次郎に演技指導をしたり、ふざけて新珠三千代のおっぱいを触ったり、三橋さんは大物俳優であった。三橋さんと新珠三千代と共演した「州崎パラダイス・赤信号」(日活・昭和31年)ではヤクザの新勢力には挨拶をしていなかったというので川島監督が呼ばれて白刃に取り囲まれたという事件もあった。そういえば、原作井伏鱒二・川島監督の映画「貸間あり」(東京映画ー東宝配給・昭和32年)の最後のシーンでは役者(桂小金治)が丘の上から町へ向って立小便しながら「さよならだけが人生だ」と叫ぶ。印象に残る場面である。この言葉は詩人干武陵の詩「勧酒」を井伏鱒二さんが訳したものである。「この盃を受けてくれ/どうぞなみなみつがしておくれ/花に嵐の例えもあるぞ/さよならだけが人生だ」。名訳である。「人とのめぐり合い」そして「別れだけの人生」なのである。三橋さんの冥福を心から祈る。

(柳 路夫)

このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。(そのさい発行日記述をお忘れなく)
www@hb-arts。co。jp