2004年(平成16年)5月20日号

No.252

銀座一丁目新聞

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花ある風景(166)

並木 徹

奴の小万の色気と実力

 鶴屋南北作・小池章太郎改訂の前進座の通し狂言「裙模様沖津白浪−奴の小万」を見る(5月13日・国立劇場)。奴の小万役の六代目河原崎国太郎が芸者、女形役者、盗賊の首領、三味線の師匠と変身、観客の目を奪い、十分に楽しませる。原作は南北が文政11年(1828年)に刊行した合巻(挿絵入りで物語が展開する大人向きの読み物)。この頃、柳亭種彦の「偐紫(にせむらさき)田舎源氏」葛飾北斎の「富嶽三十六景」など合巻がさかんであった。それにしても昔も今に変らず女性の心の強さに驚く。
 芸者、奴の小万は好きな男、浜島幸兵衛(瀬川菊之丞)のために身重の体をかばうことなく、男が天狗坊(中村梅雀)に奪われたお家伝来の宝刀、暁丸を探しに出る。鈴鹿峠で山賊に襲われ山塞に連れ込まれても逆に首領、印旛幸蔵(小佐川源次郎)を刺し殺して山賊の首領になる。さらに旅役者に化けて、遠州犀ケ崖念仏時の鉄砲和尚(中村梅之助)のもとにあらわれる。宝刀暁丸吟味のために村々の百姓から無銘の刀を集められたからである。和尚をたぶらかすに姫之助(山崎辰三郎)が「道成寺鞨鼓の段」をおかしく踊り、縄抜けの手品を披露する。長持ちに納めれた刀のなかには暁丸はなかった。今度は「琴三味線指南」の表札を掲げる。此処で宝刀を奪われた際、目潰しをくらって失明している幸兵衛と偶然に会うが、喜びもつかの間、父親逸当(山崎竜之介)は池田の本陣で蟄居の身で、宝刀詮議の日限が今宵の七つ。その刻限がくれば、責を追って切腹であると知らされる。小万は逸当の救出を決意する。
 その小万が逆に捕まり詮議の場に引き出される。詮議を申し出た幸兵衛が盗賊の身なりをした相手が小万とは知らずに、彼女が持っていた小道具の刀を鞘のまま打ち据えると鞘が割れ、斬られて飛び散った小万の血で幸兵衛の両眼は見えるようになる。小道具と思っていたのが宝刀であった。実はこの事件をたくらんだのは幸兵衛と同じ月本家の篠原一学(嵐圭史)。お家乗っ取りのため天狗坊に暁丸を幸兵衛から奪わせたのである。一学の天狗坊への密書も暴露されて、裏手水門の場であえなく一学は捕まる。途中の幕では幸兵衛の許婚、菊川(山崎杏佳)と小万との恋の鞘当もあって観客を飽かせない。
 作家、松本今朝子さんによれば、小万は実在の人物で、大変な腕力持ちで武道をたしなみ、あるとき、天王寺近辺の口縄坂で二人の悪漢を即座に打ち倒してゆうゆうと立ち去った。この事件以後、奴とあだ名されたという。この小万がモデルである。そういえば南北の名作「東海道四谷怪談」(文政8年・江戸中村座で上演)も実際にあった三つに事件を織り交ぜて出来あがっている。

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