2004年(平成16年)2月1日号

No.241

銀座一丁目新聞

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追悼録(156)

各学年に残せしメッセージ哀れ

  静岡県清水市で中学校の校長が自殺した(1月18日)。原因は突風で倒れたサッカーゴールで中学3年生が死亡したのを苦にしたものであった。その死がどうも気になってしょうがない。10数通あったという遺書の多さかも知れない。まことに几帳面な方である。受験を控えた3年生には「進路頑張れ」、2年生には「来年の6中を頼む」、1年生には「新入生の手本となれ」と学年別のメッセージがしたためてあった。このメッセージは生徒達の心の中に深く刻み込まれたであろう。校長が生徒に残した「最後の授業」というべきものであった。極めて効果的であったと思う。これにまさる授業はない。ところが、市の教育委員会はそのような捉え方をしていない。生徒に悪影響を与えると感じているようで、カウンセラーを同校に常時派遣して生徒達の精神的なサポートをする方針と伝えられる。その必要がなかったことを間もなく生徒達が態度と行動で示されるであろう。
次に考えられない事故であったかどうという点である。突風は台風なみで、学校の東隣でタバコ店を営む人の話では「あき缶のごみ箱が吹き飛んだ」という。だが前例がある。2000年7月4日清水4中で突風でサッカーゴールが倒れ3年生の男子生徒が左足骨折する事故がおきている。市教委では昨年4月サッカーゴールなど移動式体育器具の転倒防止を各校に通知した。不幸な事に清水6中ではゴールを固定していなかった。学校に限らずどの職場でも危機管理能力に乏しい。人の痛さを自分の痛さにできない。その事故がやがて自分のところでも起きるかもしれないと考えない。想像力の欠如である。酷な言い方だが、校長の管理責任は免れない。考えられない事故は殆ど、危機管理能力と想像力のないことから起きている。
さらに自殺で責任をとった事について、立派だと思う。教え子達が「真面目で教育熱心であった」と口をそろえるのはわかるような気がする。人は簡単には死ねない。死の形はその人の性格の反映である。責任感旺盛な方だったのだろう。世の中を見るがいい。事故がおきても責任もとらず、他人に責任をなすりつけたり、なんらかの理由をつけて責任を回避したりする輩がが少なくない。
校長の名は池上光浩という。享年58歳であった。心からご冥福を祈る。

(柳 路夫)

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