小津安二郎監督の「麦秋」という映画のなかに、子持ちの男やもめの息子を持った母親と、原節子扮する主人公とのこんなやりとりがある。
「実はね、怒らないでね、虫の良い話なんだけれど、あんたのような方に息子のお嫁さんになって頂けたらどんなにいいかと。ごめんなさい、これは私のお腹の中だけで思った夢のような話、怒っちゃだめよ」
「本当?おばさん、私のような売れ残りでいいの? 私で良かったら」
「本当?」「ええ」「本当ね?」「ええ」
「本気にするわよ、まあ良かった良かった、ありがとう、ありがとう。ものは言ってみるものね、もし言わなかったらこのままだったかもしれなかったのに。やっぱり良かったのよ、私がおしゃべりで」
長男がJRの前身の国鉄時代に試験を受け、学科は通ったものの身体検査で尿に糖が出て不合格になった。その頃よく飲んでいた清涼飲料水によるものらしく、先輩に秋にも採用試験があるから絶対に飲んではいけないと注意されたと聞いた。その話を、本当に何気なく隣家の若い主婦に庭の手入れをしながらおしゃべりをしたところ、お父さんは退職した国鉄マンであり、叔父さんがまだ現役だとのこと。しかも相当上の部署らしく、話しておきましょう、と言って下さった。
秋の採用試験で無事、長男は合格して念願の国鉄マンになった。それから間もなくして国鉄は民営化されることになり、多くの国鉄マンが鉄道を離れて多角化された企業に配属となって行ったが、一番下っ端である筈の長男は肩叩きに会わずに、すんなりとJRに移行することが出来た。これぞ、コネのコネたる所以ではないだろうか。
私のおしゃべりも、まんざら捨てたものではないと、感謝しつつ思ったものだ。
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