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“針の穴から世界をのぞく(15)” ユージン・リッジウッド 権力は腐敗する、絶対的に腐敗する[ニューヨーク発]「権力は腐敗する、絶対的権力は絶対的に腐敗する」とアクトン卿が嘆いて久しい。日本の政界、官界の権力の腐敗ぶりを見ていると、この言葉は絶対的真実をついているように見える。しかし当然のことながら、権力の腐敗は日本に限ったことではない。アクトン卿が嘆いたとおり、ヨーロッパ人も堂々と権力を腐敗させる。 もちろん国際オリンピック委員会(IOC)のことである。スポーツマンの頂点に立つ人々が長年今回発覚したような不正を続けていたというだけでも驚きだが(いや驚きというのは間違いで、世界はオリンピック誘致とはそういうものだと錯覚していた)、これだけ多くの不正が明るみに出てもなお、IOC委員長はじめ組織のトップにいる人たちが誰一人組織の指導者としての責任を取らないというのはどういうことだろう。これこそ大変な驚きである。 更に日本人のIOC幹部が自分も危ないところで不正にひっかかるところだったと買収工作があったことを今ごろほのめかしながら、なお平然とIOCの要職にとどまっているというのもどういうことだろうか。自分が直接犯罪的行為に加わらなかったというだけで、責任はないと考えているとしたら、この人の国際的企業の幹部に上り詰めた成功やスポーツマンとしての栄光は何だったのだろうと、考えさせられてしまう。尊敬とは言わなくても、スポーツとビジネスでのその人の成功を賞賛していただけに、今その人に対する落胆は実に大きい。 汚水に育つボーフラは清い水に住む価値が分からない。IOCの委員や幹部たちがボーフラに例えられるのは何という屈辱だろう。スポーツマンとは世界共通のルールに従い、プライドに生きる精神を持った人たちのことをいうのではなかったか。国際オリンピック運動はそういう精神を育てるためにあったのではなかったか。 IOC指導層の不見識に驚いていると、何とヨーロッパ最高の権力組織ヨーロッパ連合(EU)の行政府にあたる欧州委員会の委員全員が腐敗が元で総辞任に追い込まれた。この委員たちは、国で言えば大臣にあたる人たちである。従って今回のジャック・サンテール委員長をはじめとする一斉辞任はいわば内閣総辞職である。年間予算1千億ドル(12兆円)、擁する職員1万7千人。ヨーロッパ諸国を代表して、ヨーロッパ内外の諸問題に対処する“内閣”の閣僚たちが、実質的仕事はゼロの幹部職に縁故採用をするなど権力の乱用、腐敗行為を続けていたのだ。 たとえば元フランス首相でヨーロッパ連合教育担当委員エディス・クレッソン氏の場合、友人の医者を3年間20万ドルで学術顧問として雇い、その間の仕事というのはヨーロッパ連合本部のあるブリュッセルからフランスの故郷の町シャテルローに出張(帰省)することだけだったというから、騒ぎにならないはずがない。かねてから不穏なうわさが飛び交っている中で、イギリスのブレア首相らの要請で、徹底的な調査が行われていた。その結果クレッソン氏をはじめとする多くの委員の不正が発覚、3月15日一斉退陣が表明されたのだ。もちろんこれら委員の中には必ずしも不正行為を行っていない人も含まれている。そこがIOCとの大きな違いである。 権力は腐敗する。しかし国際組織の権力はより確実に腐敗する。 なぜなら一国の政府であれば、国会あるいは司法当局あるいはマスコミという納税者の正義を担う代表たちに厳しく監視される。ところが国際組織の場合は、その監視が実に甘くなる。それというのも、国際組織を監視するはずの代表たちは、拠出者である各国政府の役人である。所詮役人たちは同じ穴のむじな。不正だと分かっても、追及される身をつい自分の身に置き換えて理解を示してしまう。 それに加えてあまり厳しく追及すると、手痛いしっぺ返しがあるのを知っているからである。たとえば自分の国からその組織の幹部ポストに人を出したいとしよう。厳しく追及してきた政府はどんなに適任の人物を送り込もうとしても、組織の側は体よく理由をつけて、他の国の候補を採用する。こういう仇討ちは何度となく繰り返されているので、本来は監視者である各国政府の追及の矛先はつい鈍くなり、結果的には腐敗街道を共に突っ走り始めるのである。 腐敗や不正は決してそれを企む人だけで起きるものではない。腐敗を奨励する人々がいるから腐敗が生まれる。IOC委員をもてなし、IOC委員に媚びる人々がいなければIOC委員の腐敗行為は成立しなかったのである。 それにしても国際組織というのはエリートが集まった魔窟と考えた方がよい。手をつける術がないために、不正が表に出ていないというのが真実だ。国際組織にはそれぞれの国の警察や検察の力が及ばず、またいずれの国際組織も設立の当初からそれ自身の司法の機能を備えていない。プライドを持った善意の設立者たちは、エリートが不正をするなど考えもしなかったのだろう。しかしIOCのエリート、ヨーロッパ連合のエリートを見れば、エリートこそ甘い汁と汚水を好むボーフラだということがよく分かる。 「2度と今回のような不祥事が起きないように」とサラマンチ委員長が宣言しても、それは全く意味をなさない。なぜなら彼は腐敗を見逃した責任者であったという責任を取っていない。この感覚の腐敗が問われていることを分かっていない。 大阪へのオリンピック誘致を目指す日本人は、まず日本人のIOC幹部に辞任を迫り、もってサラマンチ委員長の辞任も求める運動を起こすべきではないか。日本人の良心と正義感は国際社会のお手本になれることを証明するために。そしてオリンピックの栄光を永遠にするために。 このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。 |