2003年(平成15年)10月10日号

No.230

銀座一丁目新聞

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競馬徒然草(29)

―「逃げ」と「追い込み」― 

  3歳牝馬の一線級で争われた9月21日の「ローズステークス」(GU・阪神・芝2000)は、最近になく見ごたえのあるレースだった、ゲートが開くと、まずヤマカツリリー(安藤勝巳騎手)が飛び出した。先頭に立ったまでは驚かないが、意表を突いて大逃げの手に出たのには、ファンも驚きの眼を見張った。「直線でバテる」と見られたのが、加速して差を広げるに及んで、スタンドもどよめいた。4コーナーを回って直線コースに向かった地点で、なお後続の馬群とは大差。暴走気味の逃げと判断して手控えているのか。牽制し合っているのか。後続馬はペースを上げない。だが、実際のレースのペースは、前半1000メートルが61秒。速過ぎることはない平均ペース。暴走とはいえない。ファンの眼には、「逃げ切り」もあり得る展開に見えた。アンカツ(安藤勝巳)が打った絶妙の逃げ戦法だった。
 1番人気のスティルインラヴ(幸騎手)は、2番手集団の中にいる。春の桜花賞とオークスの2冠を制したことで、幸騎手には逃げるヤマカツリリーを捉える自信があったのかもしれない。2番人気のアドマイヤグルーヴ(武豊騎手)を警戒し、早めの仕掛けを自重したとも取れる。アドマイヤグルーヴは武豊が素質を高く評価した馬だが、スタートの悪さが祟り、春のクラシックは無冠に終わっていた。だが、この日はスタートの致命的な不利もなく、早めに好位置に上がり、2番手集団に取り付いていた。鋭い末脚に賭けるつもりだ。スティルインラヴは、この武豊騎乗のアドマイヤグルーヴを警戒するあまり、ヤマカツリリーの逃げを深追いしなかった。だが、直線の勝負どころで伸びを欠き、4着にとどまった。
 代わってアドマイヤグルーヴ(武豊騎手)が馬群から抜け出し、鋭く伸びた。1完歩ごとにヤマカツリリーとの差を詰めた。逃げ切りか、追い込みか。文字通り手に汗を握る攻防となった。ゴール前の直線では、なお10馬身以上の差があった。それを馬も馬だが、武豊もさすがに名手。グイグイと差を詰め、遂に捉えたばかりか、ゴールでは1馬身の差をつけた。結果として、アドマイヤグルーヴの強さと武豊の名人芸を際立たせたが、ヤマカツリリーに捨て身の逃げを打たせたアンカツ(安藤勝巳)のレース振りも、褒められていい。
 レースには逃げ比べも追い比べもあるが、「逃げ」と「追い込み」の勝負の面白さは、また格別と思われる。ファンには「逃げ」を好むものと、「追い込み」を好むものがいて、それはそれぞれの実人生を映し出してもいるようだ。そんなことも考えさせるレースであった。

(戸明 英一)

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