2003年(平成15年)8月20日号

No.225

銀座一丁目新聞

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花ある風景(139)

並木 徹

歌は心をいやしてくれる

  作・井上ひさし演出・木村光一音楽・宇野誠一郎「頭痛肩こり樋口一葉」を見る(8月15日・東京・新宿・紀伊国屋サザンシアター)。このお芝居は3度め。そのつど感想が異なる。今回は何故か歌に心がいやされる。井上さんのお芝居の魅力は吟味されたセリフとともにその音楽にあると思う。舞台の時は明治23年(1890年)から明治31年(1898年)まで。いずれもそれぞれの年の盆の十六日である。一葉が死んだのは明治29年11月23日である。享年25歳。彼女の創作期間は明治24年から29年の僅か五年間。母、多喜(大塚道子)、妹邦子(佐古真弓)を抱えた生活苦の中で「大つごもり」「たけくらべ」「 にごりえ」「十三夜」「われから」「わかれ道」など後世に残る傑作を生んでいる。
 幕が開くとともに5人の少女による童謡調の「盆唄」が聞こえる。なんとなく懐かしさがこみあげる。「ぼんぼん盆の十六日に/地獄の地獄の蓋があく/地獄の釜の蓋があく・・・」最後に盆提灯に灯をともって「胡瓜の馬に茄子の牛/瓢箪 酸漿 飾りましょ 飾りましょ」と歌う。
 昔は魂祭(7月13日から7月16日に行う仏事)には「霊棚」をつくり、眞菰を敷き「茄子の牛」「瓜の馬」や桃、なし、甘藷などの初物を供え、お坊さんに「棚経」を唱えて貰い、精霊を祭るのを慣わしとした。石田波郷に「瓜の馬嬰児の頭重たくて」の句がある。
 久世星佳(稲葉鉱)の歌が心にしみる。「わたしたちの心は穴のあいた入れ物/わたしたちの心は穴だらけの入れ物/生きていたころの記憶がその穴からこぼれてゆく・・・」(詞、井上ひさし曲、宇野誠一郎)
 心に穴があるから生きていけるのかもしれい。が、大切なことまで落としては生きてゆけない。記憶しておかなければいけないこともある。歌を聞いていると、大切なものをなくしてしまったような気持ちになる。切なくなる。久世の歌声が心に残る。同行の友は涙ぐんでいた。
 それにしても花蛍(新橋耐子)は絶品。幽霊らしい幽霊である。主役、夏子(有森也実)とともに舞台で生き生きとしていた。花蛍の所作に客席から温かい笑いが起きる。明るく好奇心旺盛なところがいい。お化けと会話が出来たらいいと思う。特に花蛍と・・・願う。

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