2003年(平成15年)5月10日号

No.215

銀座一丁目新聞

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静かなる日々
─ 老々介護日誌─

星 瑠璃子

 5月○日
 朝、母が自宅食堂で転倒した。気がついたときにはくずれるように倒れていた。椅子にかけそこなったのだろうか。大事に大事にと気をつけてきたのに、事故というものは起きるときは起きるのである。
 94歳、60キロを超える大きな身体は、倒れてしまうとまるでイルカだ。手がかりがなく、66歳の私1人ではどうにも起こせない。隣に住む兄夫婦の助けを借りて、ともかくも椅子に座らせた。その間も母は痛い痛いと叫び続けている。救急車を呼んで緊急入院し、わが家の「静かなる日々」はあっけなく飛び去った。
 レントゲンで見ると、右側大腿骨を骨折していた。早急の人工骨頭置換手術が必要という。大腿とは腰から膝までの部分、大腿骨とは大腿部にある太く長い管状の骨だが、この頭にあたる臼のような形の真ん中が真っ二つに折れていた。そこを削って金属でできた人工骨を挿入するのである。こんな手術は別に珍しいことでもなんでもないという調子で、主治医となる S 医師はにこりともせずに言った。
 「立てるようになれば百点満点です」
 なんということだ。転んだらおしまい、とはよく聞かされる話だった。転倒がきっかけで呆けてしまったり、それまで元気に暮らしていたのが立つことも座ることもできなくなり、病院で寂しく亡くなっていった人は母の友人にも何人かいた。
 救急車でいきなり運び込まれた母は、耳が遠いせいもあって「入院、手術」という事態がさっぱり飲み込めず、早くも呆け老人扱いをされている。看護士が自分の頭を指して、「おばあちゃんは、だいぶ痴呆がすすんでいますね」などという。ひとの母親を気安くおばあちゃんなどと呼んでほしくない、ちゃんと名前があるのだから。と私は瞬間湯沸器のごとくたちまち熱くなり「少々ボケてはおりますが、私どもでは痴呆という言葉はいっさい使いません」と切り口上で言うと、「自分の置かれている状況がつかめないことを痴呆と言うのです」と、これまた切り口上で返されてしまった。早く家に帰りたい母は、私がちょっと入院準備に戻った間にも、「いますぐ迎えがきますから」とばかり言い続けていたらしいのだ。それに、いくらこちらがやっきになっても、94歳は「おばあちゃん」にはちがいなかろう。
 萌え立つ若葉の道を1人で帰る。走らせる車にはいつも助手席に母が居た。昨日まで、毎朝のスケッチのための遠出が母の日課だった。それが突如として「立てるようになれば百点満点」だなんて。 

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