2002年(平成14年)11月10日号

No.197

銀座一丁目新聞

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お耳を拝借(65)

-ねえ、見て見て!

芹澤 かずこ

 

 縫い上がったばかりのスラックスを履いて鏡の前でたった一人のファッションショー。写真の夫はただ笑っているだけ。

 私が洋裁を始めたのは、子育てもほぼ終り自分の時間を自由に持てるようになってからのこと。娘時代のお飾りの習い事と違って、その時に吸収したものは実に大きかったと今にして思う。
 女の先生が一人で開いている小さなサロン風の洋裁教室で、曜日も時間も制限がなく、マンツーマンで教えてもらえるので主婦にとってはまことに便利であった。そのせいか長続きしている人が多く、自分の物は一通り縫い終わって、賃仕事をしながら技を磨いている人もいた。
 私もそこに通った2年の間に自分の物や子供の物や母の物をせっせと手がけた。もう少し長く続けられたら私の腕も少しは上達したであろうに、引越しが決まり、そのころから夫の仕事に従事するようになって洋裁はそれまでとなった。
 昔の足踏みミシンもポータブルに姿を変えると押入れの中に鎮座し、それでも男の子が家にいる間はズボンなどの修理に刈り出されるが、雑巾などは手縫いの方がずっと早い。
 夫に先立たれた時に手に職のないことを後悔したが、ブランクが長すぎたせいか再び洋裁を始める気にはなれず、外に職を求めた。こちらも久しぶりのOL? 毎日の通勤と緊張で2キロほど痩せ、流行さえ追わなければ手持ちの洋服で充分に事足りていた。ところが仕事にも慣れ、齢を重ねてくると、だんだんスカートがきつくなってきた。ダイエットに励むより洋服を手直しをする方が手っ取り早いと、この時ばかりはまたミシンが大活躍。
 ミシンを出すのが億劫でなくなると、長いことタンスの底に眠っている布地がいろいろあることを思い出した。それにしても昔と体型が著しく変っている。ウエストもヒップも大幅にアップ、変らないのは身長とバストだけ。
でも娘に言わせると、
 「胸が小さくなった分だけ背中に肉がついたので、変らないように思うだけよ」
と手厳しい。 

 段取りをよくして一度にミシンを掛けられるように躾(しつけ)をする。期限つきの仕事ではないから、テレビをつけているとついその方に見取れて手元が疎かになる。一人をいいことにミシンをひろげたまま出かけて、帰ってきてまた続きをやるといった具合で、薄手と厚手のスラックスを1枚づつ仕上げた。ウエストをゆるめにしたので座った時に楽でいい。かくて外出先にも着て行き、そこでも
 「ねえ、見て見て!」
と相成る次第。



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