安全地帯(19)
−商いは努力次第である−
−真木 健策−
先日、俳句の先生に連れられ銀座の関西料理の店に入った。献立に七つの料理の名がしるされてある。はじめに「ふるさとはよし夕月と鮎の香りと」 桂信子 とあった(あとで調べると香りの「り」はいらない)。桂信子は大阪生まれである。筆者も大阪生れなので前から名前は知っていた。戦争中、大阪が空襲にあったとき、何はさておいて句稿だけを持ち出したという逸話を持つ。
「ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき」などなどいい句をたくさん作っている。
帰りに頂いた三つ折の店の案内には草間時彦の「夕月や梅酢に漬けし茗荷の子」の句があった。なかなかしゃれた店であった。俳句で店を味付けして客を呼ぼうと工夫する。老舗にはそれにふさわしい文人が力をそえる。
知り合いの元プロ野球選手が都内で焼肉店の店長をしている。チェーン店なので親会社からの指導もあるが、味とサービスにとくに気を使っているという。店員たちが明るく笑顔を絶やさず「喜んで」という言葉を言う。聞いていて心地よい。帰りしなに「またどうぞおいでください」と言うので、「喜んで・・・」と答えたら笑われた。そういえば、東京で一番愛想がなくて、味がまずいのがJR駅構内のうどん店である。絶好の場所だから黙っていても客がくる。それなりの売上が上がる。だから何の努力もしない。
商いの基本は売り手も喜び、買い手も喜ぶものでなくてはならないという。それなりの工夫と努力が要る。 |