2002年(平成14年)8月1日号

No.187

銀座一丁目新聞

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花ある風景(101)

 並木 徹


 林芙美子を描いた、「こまつ座」の「太鼓たたいて笛吹いて」(井上ひさし作・栗山民也演出・宇野誠一郎音楽)を見た(7月25日・紀伊国屋サザンシアター、8月7日まで)。大竹しのぶが林芙美子を演じるというので、前人気が高く、満員であった。大竹しのぶの演技は見て、聞いていて楽しかった。華があった。
 文壇デビューを果たした「放浪記」(昭和5年)しか読んでいない私はまたもや自分の無知を知った。戦争中、東京日々新聞の特派員となり、南京一番のりをしたことも、報道班員として漢口入城をした事も知らなかった。「毎日新聞百年史」にも林芙美子の名前はない。昭和13年の漢口攻略戦には、片岡鉄平、岸田国士、尾崎士郎、滝井孝作、吉川英治、菊池寛が派遣されている。戦意高揚のために多くの文壇人が動員された。林芙美子もその一人であった。
 林芙美子に「太鼓をたたかせ、笛をふかさせた」のはレコード会社、文芸部員、三木孝(木場勝己)である。「世の中はどういう物語で動いているかを先取りして時代が求めている物語に沿ってゆくべきだ」とけしかけたのである。また戦争はもうかるものだとも教えた。日本人は大勢順応型である。流れに従って生きておれば、それが一番楽である。
 井上ひさしは「前口上」でいう。「林芙美子は他の月並みの作家と違う。誰でも過ちを犯すが、彼女ははっきりと目を据えながら戦後はいい作品を書いた。その彼女の凛々しい覚悟を尊いものと思い、とりあげた」
 戦後、反戦文学の担い手になった。戦争が惹き起こした女性の悲劇を描いた。
 「河沙魚」、「吹雪」、「骨」などの作品がある。彼女を一貫してささえたのが母親の林キク(梅沢昌代)である。行商で生活をしのいだ。行商仲間の加賀四郎(松本矜持)、土沢時男(阿南建治)と共に歌う「行商隊の唄」がいい。梅沢の芸はキクそのもを見る思いがする。

お世辞 御愛教/バラバラまいて/苦情もさらりと聞き流し/泣きたいときは顔あげて/苦しいときも胸はって

 島崎藤村の姪、島崎こま子(神野三鈴)の登場は、過去を断ち切って新生をはかるけなげな、こま子と林芙美子との対象の妙を織りなし、芝居を深みのあるものにしている。演出家の栗山民也は「見ようともしない人間には何も見えない。聞こうともしない人間には何も聞こえない」という。お祭り騒ぎをして浮かれるだけではだめだ。そこではっきりとものを見、音を聞き、底流に流れるものを掴み、記憶しなければいけない。いつものように、笑って、感心して劇場を後にしたが、凛とした林芙美子の覚悟が胸に響いた。

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